第3話 カーチェイス

「警告。後方車両、接近。距離15メートル」

ヒーターの無機質な警告音が、けたたましいアラート音と共に車内に響き渡る。

地下水道跡のぬかるんだ道を抜けたケミカルキッチン号だったが、追跡車両である改造バギーは執拗に食らいついてきていた。マッドガードを噛ませた巨大なタイヤが、泥水を跳ね上げながら迫り来る。

「ちっ、しつけえな!」

セーブルは悪態をつきながら、運転席に固定されたヒーターへと掴みかかった。

「おいヒーター、ちょっと貸せ!」

「貸せ、とは具体的になに……ちょ、博士! そこは外装強度が著しく低い箇所です! 無理に引っ張るとフレームが歪み……!」

セーブルの白く細い指が、ヒーターの側面にあるラッチを強引にこじ開ける。

彼女が狙っているのは、ヒーターの胴体左右に格納された『4.5mmミニガトリング』だ。本来は護身用だが、この際四の五の言っていられない。

「うるさい! 借りるだけだっての!」

バキッ、と嫌な音がして、ストーブ型の胴体から無骨な銃身が引き抜かれた。

ヒーターの液晶に表示された瞳が、心なしか涙目(TT)になっているように見える。

「装弾数残り60発です。無駄撃ちは控えてください」

「わーってるよ!」

セーブルはガトリングを抱えると、よろめく足取りで車体後部へと移動した。

身長155cm、体重44kgの華奢な身体には、ミニサイズとはいえ回転銃身の鉄塊は重すぎる。だが、彼女は持ち前の負けん気だけでそれを構えた。

「ハッチ開放!」

セーブルの叫びと共に、後部ドアが油圧音を立てて跳ね上がる。

途端に、強烈な風と酸性雨が車内へ吹き込んできた。

視界の先、ヘッドライトの光が揺れている。追っ手のバギーだ。助手席のモヒカン男が、何やら汚い言葉を叫びながら錆びついたアサルトライフルをこちらに向けているのが見えた。

「くたばれストーカー野郎!」

セーブルは目をきつく閉じ、やけくそ気味にトリガーを引き絞った。

バララララララッ!

乾いた発射音が連続し、銃口からマズルフラッシュが迸る。

だが、セーブルの腕は反動を殺しきれず、銃身は暴れ馬のように跳ね上がった。

放たれた弾丸は、敵車両のはるか上空、あるいは左右の壁、果ては無関係な看板へと吸い込まれていく。

「ちょっ、まっ、これすごい暴れる!」

「博士! 偏差射撃です! 予測進路を狙ってください! あと私の大事なガトリングを壁にぶつけないで!」

運転席からのヒーターの悲鳴も耳に入らない。

セーブルは必死に銃身を押さえつけるが、弾丸はあさっての方向へ飛び続ける。敵のバギーは余裕しゃくしゃくで左右に蛇行し、さらに距離を詰めてきた。

「あーもう! 当たれよクソがぁ!」

残弾カウンターがみるみる減っていく。

30、20、10……。

敵のモヒカン男が、嘲笑いながら身を乗り出し、こちらに照準を合わせようとした、その時だった。

カカッ、と乾いた音がして、ガトリングの回転が止まる。

弾切れ寸前。残りは、薬室に残った最後の一発のみ。

「……あ」

セーブルの間抜けな声と共に、遠心力で振り回された銃口が、たまたま下を向いた。

ガクンと車体が揺れ、彼女の指が偶然トリガーに触れる。

ドンッ。

最後の一発が放たれた。

狙いなど全く定めていなかったその弾丸は、奇跡的な放物線を描き、迫り来るバギーの右前輪に見事に突き刺さった。

バシュウウッ!

破裂音。

高速回転していたタイヤが破裂し、バギーはバランスを失う。

制御不能になった車両はそのままスピンし、地下水道のコンクリート壁に激しく激突した。盛大な火花と煙が上がり、追跡者のライトが闇の中に消えていく。

「……見たか!」

セーブルはガトリングを掲げ、風雨の中で叫んだ。

「私の射撃センスを!」

「……今の、計算外の跳弾と偶然の産物ですよね?」

ヒーターの冷静なツッコミが、インカム越しに聞こえてくる。

セーブルは鼻を鳴らすと、空になったガトリングを乱暴に床へ置いた。ハッチが閉まり、再び車内に静寂(とエンジンの駆動音)が戻ってくる。

「結果オーライだよ。……はあ、疲れた」

セーブルはその場にへたり込んだ。

アドレナリンが引くと同時に、腕の痺れと疲労が押し寄せてくる。

ヒーターの言う通り、彼女は銃の扱いには向いていない。やはり自分には、ニトロやC4をいじくり回している方が性にあっていると痛感する。

「博士、第9地区まであと5分です。到着後、私の胴体の修理とガトリングの再装着を要求します」

「はいはい。……あー、今の弾代いくらだっけ?」

「通常弾なので大したことはありません。ですが、もし私のエネルギー炉を使っていたら、今頃800万スートが消し飛んでいましたよ」

「うっ……そいつは勘弁」

セーブルは苦笑いしながら、懐からビルドを取り出した。

震える手で火をつけると、紫煙と共に深いため息を吐き出す。

ケミカルキッチン号は、傷だらけのボディを揺らしながら、ネオン輝くジャンクの街へと滑り込んでいった。

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セーブル・サニーサイド 尾谷金治 @haya-punk

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