第3話 ゴールの景色は朝日と共に

 ようやくゴールが見えてきたころ、アクシデントが起きた。

 軍団の一人、最高齢の吉田幸江よしださちえが声を上げたのだ。

「ごめん! もう無理。休ませてぇ~」


 少し前から幸江の作業には遅れが生じ、先頭の相田真知子あいだまちこが時間調整することでラインこそ止めずに来たが、ついに限界になったようだ。

 諸江良子もろえよしこの真知子に対する煽りを、幸江が苦々しい上目遣いで見ていることに数人の仲間は気付いていたが、皆、自分の持ち場に必死だったし「いつもの事」と流していたのだ。


 軍団のラインが止まった。

 驚いて、九時組のラインも止まる。

 全員がフリーズした。


「よーし、じゃあ十分、休憩しよう」

 大木おおき主任が、パンっ! パンっ! と手を鳴らして言った。

 早く仕上げたところで、どうせ雪で直ぐには帰れない。それなら休憩を入れるのも悪くない。皆がそう納得した。

 ところがそこに現れたのが配送部門の主任、並木省吾なみきしょうご。様子を見に来ていたらしい。

「四時には全量仕上げてもらわないと間に合いませんよ。雪でいつもの道が使えないし、余裕を持って出発させたいですしね」

 そう言い放ったあと、小声で「事故でも起きたらシャレにならん」とも呟いた。


 大木と並木の間に静かな火花が散る。

 

「大木さん、ライン、一本にしましょう。並木さん、とりあえず遠いところのトラックから出発してもらって、近場なら少々遅く出ても何とかなるでしょう? 私らも必死にやってるんで、なんとか乗り切りましょうや」

 黒田花くろだはなが場の空気を変えた。長く喋ると少しどこかの方言が混じる。それがまた有無を言わさぬ迫力を醸し出し、全員が操られるように動き出した。


 まずは通常巻きを仕上げるべく、軍団と九時組の精鋭が集まる。九時組からは多恵と、邑上結衣むらかみゆい他数名が加わり、軍団からは吉田幸江をはじめ疲労の激しい数人が抜けた。補充係は九時組から佐藤京子さとうきょうこ他、特に気の利く数名が名乗りを上げた。残ったものは休憩をとる。

 さあ、再び戦闘開始だ。

 ラインはこれまでの最速記録をたたき出し、阿修羅王たちの頬は紅潮、片山かたやまと大木は肩で息をしながら補助作業に走り回る。

 ほどなく通常巻きは全量完成。いよいよ太巻き残り千本をやっつける。この時点で時計の針は三時半少し前を指していた。


「あんたらなかなか根性あるなあ」

 軍団のボス、諸江良子が手を休めることなく九時組の三人に向けて言った。良子が他人を誉めることはまずない。そんな人間に褒められると嬉しさよりも怖さが先に来るのはどういう事だろう……? そう思って多恵は笑いそうになる。それを必死に抑えて

「諸江さんたちこそ私らより一時間も先に入ってらっしゃるんだし、凄いですよ」

 そう答える。

「ははは。それに年もとってるしなあ」

 良子の自虐は、多恵も思っていた事だが相槌は打てない。仕方なく、良子の目を見てニヤリと笑って見せた。これで全てを伝えたつもりだ。

 伝わったかどうかは定かではないが良子も多恵にニヤリと笑い返してきた。


 四時十五分過ぎ、太巻き全量完成。

 拍手が沸き起こる。

 ランナーズハイと深夜のハイテンションで軍団と九時組は不思議な一体感に支配されていた。

 そこに並木も現れ、

「おかげ様で間に合いそうです。ありがとうございました」

 と、頭を下げる。もう一度、拍手が起きる。

「ところで、雪、どうですか? まだ降ってます?」

 再び起きた拍手が尻すぼみになったのは邑上結衣の発言のせいだ。


「あー、降ってますね。予報ではもうすぐ止むはずなんですが」

 工場の中は衛生管理上、外からは完全に遮断されていて全く様子がわからない。

「車って埋まってます?」

 他のメンバーも問いかける。

「あー、はい。埋まってます」

「帰れませんか?」

「頑張れば帰れると思いますけど、危ないし、少し待った方が良いかもしれませんね。トラックドライバーはプロですから走れますけど、皆さんは……」


「じゃあ、材料も余ってるし、皆さんの分の恵方巻作りませんか? その間に雪もやむかもしれませんし」

 大木の提案は歓声と共に受け入れられ、今度は皆、自分たちのためにラインに入る。テンション高めのまま余った具材を自由に巻いて唯一無二の恵方巻が次々に出来上がって行く。


 そうして早朝、五時すぎ。

 雪が止んだとの知らせに皆、恵方巻を家族分抱えて、それぞれ更衣室に向かう。

 駐車場に着いた頃には朝日が顔を出し、その薄明かりの中に驚きの光景が広がっていた。


 雪に埋まっている筈の皆の車の雪は払われ、道路までの通路も除雪されている。

 道路の雪もトラックが行き来したおかげで走りやすそうな轍が出来ている。

 見れば配達の終わったトラックドライバー達が手にスコップを持ち頭を下げていた。

「やだ。こちらこそ、だよねぇ」

 多恵たちはそんな会話を交わしながらドライバーに向けて頭を下げる。 

 この朝、普段は対立しがちな軍団と九時組、配送部が一つになったのだ。



 けれども、翌日からはいつも通り。

 軍団と九時組は火花を散らし、配送部と製造部は牽制し合うという通常運転。


 (やっぱり、これが落ち着くわぁ)

 多恵にとってはそんな職場が心地良いのだ。

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恵方巻の夜 ゆかり @Biwanohotori

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