第11話 嵐の来訪

穏やかな数日間は、まるで嵐の前の静けさだった。

城下町で出会ったあの女の子の笑顔や、おばちゃんからもらったリンゴの甘さを思い出しながら、あたしは慣れない聖女に相応しい白い法衣に身を包んでいた。


「……来たわね」

屋敷のバルコニーから見下ろすと、豪華な装飾が施された馬車と、それを守る騎士たちの一団が屋敷の正門をくぐるのが見えた。

ヴォルガス子爵の紋章が入った旗が、嫌味なほど誇らしげに揺れている。


あたしはギュッと拳を握りしめた。

隣では、カイルが剣の柄に手をかけ、殺気すら感じるほどに直立不動で控えている。

「スズネ様、ご安心を。不届き者が牙を剥くなら、このカイルが命に代えてもーー」


「カイル様、あまり鼻息を荒くされますと、聖女様の法衣が汚れますわよ」

背後に音もなく現れたリナが、いつものように冷ややかにカイルをいなす。

けれど、その瞳は笑っていなかった。

彼女もまた、これから始まる「政治という名の戦い」を警戒しているようだった。


屋敷の正面玄関。出迎えるディスカール伯爵の前に、その男たちは降り立った。


「いやぁ、ディスカール卿! 息災そうで何よりだ!」

馬車から降りてきたのは、派手な服を着太りした体で着こなした、嫌な笑みを浮かべる男――ヴォルガス子爵。

その隣には、純白の法衣に身を包んだ、傲慢そうな目つきの老人が立っていた。


「……ヴォルガス卿。それに、大司教閣下。ようこそお越しくださいました」

伯爵の声は落ち着いていたけれど、その背中は心なしか硬い。


「ふん、挨拶はいい。それよりもディスカール卿、準備はできているだろうな?」

ヴォルガスはあたしをねめつけると、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「せっかく大司教閣下にお越しいただいたのだ。この屋敷の庭でこっそり……などというわけにはいくまい? 既に街の中央広場には、呪われた魔導錫を運び込ませてある。領民たちも、今か今かと『聖女様』の奇跡を待っているよ」


「広場で……だと?」

伯爵の顔に緊張が走る。

衆人環視。もし失敗すれば、あたしが偽物であることも、伯爵がそれを匿っていたことも、一瞬で領地中に広まる。

ヴォルガスの狙いはそこだった。


「……よろしい。行きましょう、中央広場へ」

大司教が重々しく宣告し、一行は再び馬車や徒歩で、街の中心部へと移動を始めた。


数日前、あんなに温かく迎えてくれた人たちが待つ広場。

移動する馬車の窓から外を見ると、広場には既に身動きが取れないほどの人だかりができていた。

皆、期待と不安が混ざったような顔でこちらを見ている。


……大丈夫。あたしはみんなと約束したんだから。


馬車を降り、広場の中央に鎮座する「どす黒い霧を放つ魔導錫の原石」を前にした時、足元にいたアルが、あたしにしか聞こえない声で低く囁いた。


『さあ、開幕だ。スズネ……君は聖女でも女神でもない。魔法少女サクラだ。君が幼いときに憧れ夢見た魔法少女をイメージするんだ。君はこの世界の人に夢と希望を与える魔法のヒロインになるんだ』


アルの言葉が、あたしの心を揺さぶる。

そう、あたしは聖女じゃない。

あたしは、魔法少女サクラだ。

目の前には、あたしを信じてくれる街の人たち。

して、そんな彼らの希望を踏みにじろうとする悪役たち。


あたしはキュッと唇を結び、大司教の冷たい瞳と、ヴォルガスの勝ち誇った顔を真っ向から見据えた。


「――わかりました。私にできることは、それしかありません。その呪い、私が浄化します」」

静かに、けれど力強く、あたしの声が広場に響く。


こうして、あたしの運命、そしてディスカール領の命運を決める「聖女の儀」が始まろうとしていた。

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2026年1月12日 17:00
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異世界★魔法少女― 転生初日に聖女扱いされましたが、変身が罰ゲームすぎます ― もりやま みお @mio_neko

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