第10話 偽りの聖女と、束の間の陽だまり

「大司教が到着するまで、数日の猶予がある。英気を養ってほしい」


そう伯爵に言われ、あたしはアルを連れて城下町へと繰り出した。

……のだけれど。


「スズネ様! 右前方に段差がございます、ご注意を! さあ、このカイルが露払いを務めますゆえ、安心してお歩きください!」

「…………」


鎧をガチャガチャいわせながら、大声を張り上げて先導するのは騎士カイルだ。

アルに叩きのめされた後、彼は「聖獣様を従える聖女様こそ我が主」とでも言わんばかりに、過剰な護衛を申し出てきた。

正直、目立ちすぎて死にたい。


「お疲れのようですわね、聖女様。カイル様は少々……いえ、かなり頭に血が上りやすいお方ですから。不快でしたら、私がいつでも『黙らせ』ますが?」

あたしの斜め後ろから、音もなくついてくるのはリナだ。

案内役として同行しているけれど、彼女の微笑みはどこか、檻の中の猛獣を観察しているような危うさがある。


そんな奇妙な一行だったけれど、城下町の人々はあたしたちを熱烈に歓迎してくれた。


「おや、そこのお嬢ちゃん……いや、聖女様! お噂は聞いておりますよ!」

屋台のおばちゃんが、焼きたての串焼きを三本、あたしに差し出してきた。


「あ、ありがとうございます……。でも、お金……」

「いいんだよ! 聖女様が来てから、街の空気が明るくなったんだ。あんたが鉱山を救ってくれたら、また景気も戻る。これはお布施だよ、お布施!」


おばちゃんだけじゃない。果物屋の親父さんも、パン屋の若旦那も、みんなが笑顔であたしに食べ物や花を差し出してくれる。

カイルは「聖女様への献上物か、感銘に値する!」と勝手に感動しているし、リナは「民衆の期待というのは、時に毒にもなりますのに」と小さく毒づいている。


ふと、一人の小さな女の子があたしの服の裾を引いた。

「ねえ……おねえちゃん、ほんとうに、パパのお仕事なおしてくれるの?」


女の子の澄んだ瞳を見て、あたしは胸が締め付けられるような思いがした。

ただの女子高生で、中身は魔法少女で、今は偽物かもしれない...、けれど。

でも、あたしにすがるこの温かい手は、間違いなく本物だ。


(……やるしかない。この子のためにも、あたしを信じてくれるみんなのためにも)


あたしは女の子の目線に合わせてしゃがみ込み、彼女の手を優しく握った。

「うん。約束するよ。お姉ちゃん、全力で頑張るからね」

……もし、できなかったら?その考えが一瞬よぎって、あたしは慌てて首を振った


(ねえ、アル。あたし、頑張るよ。浄化を成功させて、この街の人たちを安心させてあげたい)

決意を込めて呟くと、アルは少し不思議そうな顔であたしを見上げた。


『……へぇ。いい顔をするようになったじゃないか。でも忘れないでよ、スズネ。強すぎる思いは時として

誰かを傷つけることもあるということをね』


(はいはい...)

あたしはアルの言葉を振り払うように立ち上がると、カイルが差し出してきた過剰なまでの護衛の手に苦笑いし、リナの冷ややかな、けれどどこか見守るような視線を受け止めた。


夕暮れに染まる坂道を、あたしは力強く歩き出す。

数日後にやってくるというヴォルガスや大司教に、負けてたまるか。

あたしを信じて笑ってくれたみんなを、あたしの力で、絶対に幸せにしてみせる。

オレンジ色に燃える空に向かって、あたしは心の中で何度も、自分に言い聞かせるように誓った。


あたしは、もらったリンゴの重みを感じながら、決意を胸に屋敷へと戻る坂道を歩き出した。

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