第8話 毒蛇の計略 〜ヴォルガス子爵の密談〜
ディスカール伯爵領のすぐ隣、ヴォルガス子爵邸。
重厚なカーテンが閉め切られた書斎で、ヴォルガス子爵は下卑た笑みを浮かべながら、贅沢に注がれた葡萄酒を揺らしていた。
「……準備は整いましたか、大司教閣下」
向かい側に座るのは、中央教会の権威を象徴する豪華な法衣に身を包んだ男。
中央教会の大司教だ。
彼は教会のトップ層にいながら、その実はヴォルガスからの多額の寄進によって動く汚職の塊であった。
「ふむ……。ディスカール伯爵の領地で採れる『魔導錫』が、完全に呪いに侵されたという報告は入っております。もはやあそこは女神に見捨てられた土地……。教会の名において没収し、信心深き貴殿に管理を任せるのは、至極当然のことですな」
ヴォルガスは満足げに頷いた。
魔導錫の呪いは、彼が裏で魔導師を雇い、鉱山に負の魔力を流し込ませたものだ。
さらに彼は、ここ数ヶ月にわたって執拗に嫌がらせを繰り返してきた。
街道に魔物を放ち、物流を止め、領民に「伯爵は女神に見捨てられた」というデマを流布させる。
ディスカール領を経済的にも精神的にも孤立させるための、冷酷な工作だ。
「……だが、昨日送り込んだ『黒き鎧』の一団が失敗したようです。私の秘蔵の傭兵共が、たった一人の小娘に一掃されたと。どうやら、例の『聖女』を名乗る小娘は、ただのペテン師ではないようですな」
「フン、異端の術でも使ったのでしょう。聖女の認定は我ら教会の専権事項」
大司教は鼻で笑い、脂ぎった手でパンをちぎった。
「明日、私が自ら出向き、その娘が偽物であることを証明してやりましょう。大衆の目の前で、呪われた錫を浄化してみせよと迫ればいい。……万が一にも浄化できなければ、その娘もろとも、伯爵家を『悪魔崇拝の徒』として処断できます」
「ククク……。もしあがきを見せるようなら、さらに『黒き鎧』を追加で放ち、公衆の面前で力ずくでねじ伏せる手筈も整えております。……明日が楽しみですな」
ヴォルガスは窓の外、ディスカール領の方角を見据えた。
明日、大司教と共に乗り込み、あの頑固な伯爵を絶望の淵に突き落としてやる。
偽聖女を処刑台へ送り、豊かな鉱山を手に入れる。
その完璧な計画に、一点の曇りもないはずだった。
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