第3話 襲撃、そして降臨せし女神

アルガディア大陸の中でも広大な領土を誇るエストリア公国。

その領地のほぼ中央に置かれた王都からは、放射状にいくつもの街道が伸びている。

そのうちの一つである西国街道は、西にあるリオネル・ディスカール伯爵領へと続いていた。


小刻みに揺れる馬車の振動を、私は愛馬の背中越しに感じていた。

街道の両脇には深い森が迫り、西日に照らされた木々が不気味に影を落としている。


「......静かすぎるな」

思わず独り言が漏れる。


ディスカール私設騎士団を預かる身として、この数ヶ月、私の神経はすり減る一方だった。

領地で魔導錫まどうすずの鉱脈が見つかって以来、周辺の貴族達の目は血走っている。

強引な割譲要求、身に覚えのない嫌疑や言われのない噂の数々。


私は、前を行く地味な意匠の馬車に目をやった。

中には私の主であるリオネル伯爵が乗っている。

見つかった鉱脈を苦しむ領民のために使うと宣言するほど愚直な方だ。

魔導錫まどうすずは魔力を秘めた金属で、魔力のない人間でも簡単な魔道具なら動かせてしまうほどの力を秘めている。

その力を、様々な方法で領民の暮らしを豊かに出来ないかに心血を注いでおられる。

しかし、使い方によっては軍事力の増強にも繋がる。

周りの貴族達はその隠された脅威を感じたり、取引が生む甘い蜜にたかろうと擦り寄ってくるのだが、当の本人は全く意に介することはなかった。


「団長、ここから湾曲した道が続きます。少し視界が悪くなりますがそのまま進みますか?」

部下の騎士が行進の指示を仰いできた。


私は馬上から周囲の森を見渡した。

風もなく、鳥の声も聞こえない。

我々の馬の蹄の音だけがやけに高く響いていた。


「......全員直ちに停止だ。抜剣せよ!」

私の叫びが静寂を切り裂いたのと、森から無数の矢が放たれたのはほぼ同時であった。


「慌てるな!閣下をお守りせよ!」


いななく馬の声。馬車に刺さる矢の金属音。そしてーー。

木々の影から現れたのは黒い鎧に包まれた一団だった。

統率の取れた動き、それに装備品から見てもただの賊ではないことは明白だった。


「敵を馬車に近づけさせるな!」

誰かの差し金か...この人数、本気で殺しに来ているな...


騎士団も剣を握り応戦するが多勢に無勢。

徐々に追い詰められていく仲間達を見て、戦いの厳しさを痛感する。


もはやこれまでか...無念...


死が頭をよぎったその時だった。

突然黒髪の少女が一人、木陰から飛び出してきたのだ。


「すみませ〜ん!戦いやめてもらえますか〜?」

血生臭い戦場に、あまりにも不釣り合いな少女の声が響き渡った。

あまりに唐突、かつ間の抜けたその制止に、敵方も困惑したのか一時的に攻撃の手が止まる。


「……なんだ、あの小娘は」

「伏兵か?」

「誰かは知らぬが見られたからには生かしてはおけぬ。……やれ!」

命じられた敵兵の一人が剣を構えて少女へと走り出す。


危ない!逃げろ!

そう叫ぼうと思ったその時だった。


「マジカルトランスフォーム!」

少女がそう叫ぶやいなや、彼女の腕のブレスレットが爆発的な輝きを放った。

夕闇を塗り潰すほどの眩い閃光。

辺り一面が真っ白な光に包まれ、迫っていた敵兵も「目がああああ!」と顔を覆ってのけぞる。


何が起きているのだ。

強烈な光に目を細めながら、私は必死にその中心を凝視した。

数秒後、猛り狂っていた光の粒子が、中心にいる少女へと吸い込まれるようにして収束していく。


「誰だあれは?」

誰かが掠れた声で呟いた。


光の霧が晴れたあとに立っていたのは、先ほどの少女ではなかった。

背丈は一回り小さくなり、その頭上には鮮やかなピンク色の髪。長い髪を二箇所で結び、ふわりと風に遊ばせている。

その顔立ちは驚くほど穏やかで何より美しかった。


何より異質だったのは、その装束だ

この世界の誰も見たことがない、カラフルで奇抜な、それでいて不思議と洗練された衣服。

たっぷりと使われたフリル、裾の短いスカート。

露出の多いその姿は、軽薄さなど微塵も感じさせないほどに神々しく、夜を照らす月のような清廉な輝きを放っている。


絶望的な状況にいた私は、無意識のうちに言葉を漏らしていた。


「女神様...」

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