第4話 マジカルナックルは女神の奇跡

「すみませ〜ん!戦いやめてもらえますか〜?」

 戦いをやめさせるべく声を発したものの、剣の音と怒号が響くこの状況では自分の声があまりに場違いで、ひどく浮いているのが分かった。


 誰がそんな呼びかけで戦いを止めるのよ...!

 自分で自分にツッコミを入れたがもう遅い。


 馬車を襲撃している男達と、必死で馬車を守る騎士達。

 その両者の視線が一斉に、突き刺さるような鋭さであたしへと降り注いだ。


 学校で人前で発表するのも苦手なあたしが、なぜ殺し合いの真っ只中に...

 唇は震え、膝は生まれたての子鹿のようにカクカクと震えていた。


「...アル、怖いんだけど。もう帰りたい......」

『大丈夫!そう簡単には死なないから!』

「......無責任すぎない?」


「誰かは知らぬが見られたからには生かしてはおけぬ。やれ!」

 黒い鎧を着た指揮官らしき男が冷酷に言い放つ。

 近くにいた兵士の一人が、ギラリと光る剣を構えてこちらに向かって走り出した。


 殺気というのだろうか。

 現代社会において決して味わうことのできない、肌が焼けるようなヒリついた空気。

 あたしは完全にこの空気に飲まれ、体は石のように硬直していた。


 死ぬ。殺される...どどどどどうしよう!!


 男が振り上げた剣が夕日を反射して血の色のように真っ赤に輝いた。

 その瞬間、私の頭の中でアルのふざけたような声が響いた。


『よし、鈴音。ブレスレットに触って変身と叫ぶんだ!』

 はいはい!とりあえず今は言われた通りに...


変身マジカルトランスっ!!フォーム

 ヤケクソで叫んだ瞬間、左手のブレスレットが夕闇を塗り潰すほどの眩い閃光を放った。


「目があああっ!」

 切り掛かってきた男が、あまりの光に顔を覆ってのけぞる。


 あたしの体を中心に、光の渦が巻き起こった。

 それがまるであたしを守る繭のようで、ひんやりをした不思議な温もりが全身を包みこむ。


「女神様.....」

 誰かが、震える声でそう呟くのが聞こえた。


 ....え、女神様?どこに??


 眩しすぎて閉じていた目を、恐る恐る開いてみる。

 すると、視界に飛び込んできたのは、ヒラヒラと風に舞う大量のフリルと、自分のものとは思えない鮮やかなピンク色の髪の毛だった。


 ....え?ちょっと待って。


 慌てて自分の体を見下ろして、あたしはさらに絶句した。

 そこにあったのは魔法少女のアニメでしかみたことがないような、とんでもなく派手で露出が多いコスチューム。

 おまけに視界がなんだか低くなっている。


「アル!これなに?」

『君の潜在意識にある、君が幼いときに夢見た魔法少女の姿さ。名付けてってのはどう?』

「名前まで勝手につかないでよ!っていうか、スースーして落ち着かないし、恥ずかしすぎるんだけど...」


 あたしが心の中でアルに猛抗議している間も、周りの時間は止まったままだった。

 襲撃してきた黒い鎧の男たちも、馬車を守っていた騎士たちも、地面にへたり込んだまま私を凝視している。


 ……いや、見ないで。そんなマジマジと見ないで。

 人前での発表どころじゃない。これじゃ、公開処刑だ。


「……ひ、退いてください!あたし、戦いたくないんです!」

 恥ずかしさを紛らわすために精一杯叫んだつもりだった。

 でも、変身した私の声は、鈴音(あたし)の声よりもずっと高く、鈴の音のように透き通っていて、どこか威厳さえ感じさせる響きになっていた。


「お、おのれ……。何者かは知らんが、その奇妙な術ごと叩き斬ってくれる!」


 ようやく我に返った黒鎧の兵士が、恐怖を振り払うように怒号を上げ、再び私に飛びかかってきた。

  でも、変だ。

  さっきまであんなに速くて怖かった男の動きが、今はまるで、あくびが出るほどゆっくりに見える。


『鈴音、くるよ!』


 アルの声が頭に響く。

 でも、今の私にあの殺気ムンムンの大男をどうしろっていうの!?


こっちに来るなマジカルあああぁぁっナックル!!」

 あたしは反射的に右手を前に突き出した。


 つまり、ただの「拳」だ。

 ボクシングのフォームなんて知らない。

 ただ、学校の体力テストでやるソフトボール投げみたいな、めちゃくちゃな力任せのパンチ。


 ――その瞬間。

 ドォォォォォンッ!!!


 大砲が至近距離で爆発したような、凄まじい轟音が鼓膜を震わせた。

 あたしの拳が男に当たった……わけじゃない。

 触れるよりもずっと手前で、拳から放たれた目に見えない衝撃波が、空気そのものをハンマーに変えて男の胸板をブチ抜いたのだ。


「がはっ……!?」

 黒鎧の兵士は、まるで大型トラックに正面衝突したみたいに、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。

 そのまま後ろにいた仲間を三、四人巻き込みながら街道を転がり、最後は太い街路樹に激突して、ようやく止まる。

 木がミシミシと悲鳴を上げ、葉がパラパラと降り注いだ。


「え.....」


 ええええええええええええええええ!


 突き出した自分の拳を見て、私は硬直した。

 男がいた場所には、土煙が舞い、街道の地面には深々とえぐれた拳の軌跡が残っている。


「うそ、でしょ……?」

 今の、あたし?

 学校の体力テストでは平均以下の成績しか出せなかった、あのあたしのパンチ?


『ナイス、マジカルナックル! 威力はバッチリだね、鈴音!』

「バッチリとかそういうレベルじゃないでしょ!? 人が、人が消し飛んだわよ!?」


 あたしは突き出した自分の拳と、バキバキに折れた街路樹を交互に見て、頭を抱えた。

 この細い腕のどこに、大型トラック並みの馬力が隠されていたっていうの?

 これじゃ筋肉魔法少女じゃん!


「な……な、な……」

 恐る恐る振り返ると、そこには剣を構えたまま石像のように固まっている騎士たちがいた。

 特に、一番前で戦っていた騎士団長らしきおじさんは、口をあんぐりと開けて、あたしの拳とえぐれた地面を交互に見つめている。


 その一方、襲撃者たちは完全に戦意を喪失していた。

 彼らのリーダー格らしい黒鎧の指揮官が、ガチガチと歯を鳴らしながら後ずさりする。


「な、なな、なんだ今の力は……。お、おのれぇ……化け物めっ! 退け、退けぇぇい!! 退却だぁぁ!」

 残っていた黒鎧の男たちが、リーダー格の叫び声を合図に、一目散に森の中へと逃げ込んでいく。

 あたしのパンチ一発で、戦場は完全に静まり返ってしまった。


 ……どうしよう。めちゃくちゃ見られてる。

 視線が痛い。穴が開くほど見られてる。


『あ、鈴音。変身が解けるよ。パニックでフルパワーのパンチを打っちゃったから、もうエネルギーも限界だ』

「えっ、あ、ちょっ、まだ心の準備が...」

 アルの声が聞こえたかと思うと、あたしの体を蒼い光が包み込んだ。

 ふわふわしたフリルが消え、派手な衣装が光の粒子となって霧散していく。


 一瞬の目眩のあと、そこに立っていたのは、紺のハイソックスにローファー、どこにでもいる制服姿の桜井鈴音だった。


「……はぁ、疲れたぁ……」


 変身が解けた瞬間、さっきまでの圧倒的なパワーが嘘のように消え、急激な倦怠感に襲われる。

 思わずその場に座り込みそうになったが、周囲の視線に気づいて体が凍りついた。

 騎士団長や生き残った騎士たちが、まるで神話の奇跡を目の当たりにしたかのような顔で、こちらを凝視している。


 騎士団長が、震える手で地面を這うようにして私に近づいてきた。

 そして、うやうやしく私の足元に膝をつく。

「女神様を……あのピンクの髪の御方を、貴女様が降臨させてくださったのですね……。なんと神々しい……」

「えっ? いや、あれはあたしっていうか、変身した姿で……」

 何も言わずともわかっております!これほど清らかな魔力。貴女様こそ、国に伝わる伝説の『聖女』に違いありません!」


 団長の目は、もはや狂信に近い熱を帯びていた。

 どうやら彼らの中では、【あのピンクの髪の美少女=天界から一時的に降りてきた、名もなき高位の女神】であり、【今ここにいる制服姿の私=その女神をその身に降ろすことができる特別な聖女】という、とんでもない脳内変換が完了してしまったらしい。


「いや、だから、降ろしたんじゃなくて、あたし自身が――」

「我がエストリア公国始まって以来の奇跡だ!」


 今度は馬車の扉が勢いよく開き、中から髭を蓄えた気品のある男性――リオネル・ディスカール伯爵が、涙を流しながら転び出るようにして現れた。

 彼は泥だらけの地面に膝をつくと、震える手で私の手を取った。


「聖女様。どうか顔を上げてください。貴女様の祈りによって、あの尊き女神様が降臨し、我らをお救いくださった。……して、救済の乙女よ。貴女様のお名前と、降臨された女神様のお名前を、ぜひお聞かせ願えないでしょうか」


 伯爵の問いに、私は言葉に詰まった。女神の名前なんて決めてない。

 すると、脳内に直接アルのふざけた声が響いた。


『鈴音、「サクラ」って言っておきなよ。君の名字から取ってさ。君自身の名前はそのまま「スズネ」でいいんじゃない?』

(ちょっと、勝手に決めないでよ! 恥ずかしい!!)


 心の中で全力で拒否したが、アルは知らんぷりで、あたしの肩の上で「もふん」と可愛らしく鳴いて、すっかり聖なる使い魔のフリをしている。


『ほら鈴音、早く。名乗らないと逆に怪しまれるよ。今の君の格好、この世界じゃ「異界の聖装」にしか見えないみたいだし、堂々としてなよ』


 言われてみれば、白のブラウスにチェックのスカート、そして紺のハイソックス。

 この世界の重苦しいローブや鎧に比べれば、確かに浮いている。

 清廉潔白を絵に描いたような、どこか神秘的な装束に見えなくもない……のか?


「あ、あの……あたしは、スズネ……と言います。女神様は、その、サ、サクラ……様、です」

「おお……スズネ様! そして女神サクラ様! なんと麗しき響きか!」

 私の絞り出した答えに、伯爵も騎士たちも「おおお……!」と地鳴りのような歓声を上げ、再び深々と頭を下げた。


「あ、あたしは別にそんな凄い人じゃ……」

「謙虚なお言葉まで……。さあ、スズネ様。このような道端では失礼だ。我がディスカール領の屋敷へご案内させてください。精一杯の持て成しをさせていただきます!」

 伯爵の輝くような笑顔。完全に逃げ場を失ったあたしは、引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった


「……は、はい。お世話になります……」


 あたしは助けを求めるように肩の上のアルを見たが、タヌキ野郎は「もふん」と可愛く鳴いて、とぼけて見せた。

『おめでとう鈴音。君、今日から「聖女」だってさ』


 あー、もうどうにでもなれ!

 こうしてあたしは、異世界に来てわずか数時間で、身に覚えのない「聖女スズネ」として貴族の馬車にエスコートされることになってしまったのだった。

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