牧田哲平
むにゅりと動く顎の肉。顎が引かれ、行き場を失った肉が段を作る。その流れは波のように押し寄せ、首の肉が動く。そんな瞬間を愛おしく感じてしまい、数学の解説が全く頭に入っていない。
「これで少しはわかったかな、、、」
不安そうにいう塾講師の春ちゃんの顔を見て、申し訳なくなった。
ごめん少しも聞いてなかったわ。
あなたの顎の肉がむにゅっとしてるから、しゃーないやん。
バイトで塾講師をしている、女子大生の宇都宮先生。内心、春ちゃんと呼んでいる。彼女には、1年ほど前から数学を教えてもらっている。1年前は大学に入りたてだった彼女。初々しい様子で自己紹介をしてきた日のことは、今でも覚えている。当時は目が今ほどぱっちりとしていなくて、素朴な印象があった。特段容姿に惹かれることもなく、意識することがないまま授業を受けていた。
彼女に教えてもらうようになってそれなりの時間が経った、去年の11月の終わりだった。日曜日、塾の授業はないけど、10時くらいには空いてるはずだと思って自習しに行ったら、開いていなかった。
「ごめーん!遅くなっちゃった」
入り口付近で突っ立ってスマホを触っていた僕が振り向くと、春ちゃんがいた。寒さのせいか、彼女の頬が桃色に染まっているのを見て、この人案外綺麗だな、と思ったのだ。でも、意外と綺麗な人だなと思うだけで、彼女を性的な目で見ることはなかった。まあ、だんだん垢抜けていってるなとは感じたけど、、、
しかし、最近になって彼女がふっくらしたからか、彼女の顎の肉や首のしわの動きに目がいってしまうようになったのだ。つまり、僕は彼女を性的な目で見ていて、授業を真面目に聞けていない。
異性の顎の肉や首のしわに、無意識に目を向けてしまう現象は、小学校高学年から始まった。最初は、友人の母親だった気がする。彼女の場合は皮膚のたるみといった部分があったのか、痩せているのに、顎を引くと二重顎になる傾向があった。僕と友人の分のジュースをコップに注いでいるとき、二重顎になっていた。胸がどくんと言うのが、はっきりと聞こえたのだ。家に帰って、髪にその母親が二重顎になっている様子を書いた。全部書いた後、急に自己嫌悪を感じて必死で絵を塗りつぶした。紙をぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱に捨ててしまった。今思えば、僕は彼女にを性的な目でを見ていたのかもしれない。でも、彼女を恋愛対象として認識しているわけではなかった。その頃、僕の同級生に二重顎の人はいなかった。正確に言えば、二重顎の人はいたのかもしれない。肥満気味の人だっていたはずだ。でも、それは僕が興奮を覚えるような二重顎ではなかった。僕は、標準体型、それもある程度綺麗な人の二重顎に興奮する。
中学生になると、スマートフォンを手に入れた。そしてネットを通して、若い女優が二重顎になっている場面を目撃したのだ。恋愛対象になってもおかしくない容姿をもつ人物が性的な目を向ける対象と重なることに、僕は激しく興奮した。スマホを長時間見ることが関係しているのか、痩せているのに二重顎になる若い女性が少なくないことを知った。ただ、身の回りに若くて二重顎になる綺麗な女性がいなかった。それだけに、今春ちゃんの顔、いや顎周りを見つめて落ち着かずにいる。
牧田くんはここの単元が苦手みたいだから、このページの問題を宿題にするね。
ーーーむにゅっ。
部活で忙しいと思うけど、頑張ってね、
ーーーむにゅっ。
顎の肉が動く様子は芸術的で、躍動的で、僕の心を虜にした。今夜、僕は今見た場面を思い出して、眠りにつくだろう。そう思うと幸せな気分がした。出された宿題の多さも気にせず、僕は無意識に先生の言葉に頷いていた。
僕にとっての美、あなたにとっての忌避 春山純 @Nisinatoharu
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