牧田哲平
「3年2組、寺西先生」
体育館の冷たい床に体育座りになり、担任紹介を聞いていた。名前を呼ばれた先生が前に出て、一礼する。若い先生ということもあってか、クラスの面々は好意的な反応を示している。ざわつく周囲の中、哲平は1人周囲とは違うことに頭を回らせていた。
寺西先生、失礼だけど太った?
1年前、新任式で「勉強のコツは2つあります。コツ、コツ」と言って失笑を買った先生の顔は、授業で関わることがなかったとはいえはっきりと覚えていた。細身で、テニス部の友人が、副顧問の寺西先生は陸上経験者だと言っていた。それを聞いて納得した気がする。教室であらためて先生の顔を見たとき、僕が担任紹介で抱いた疑念は確信に変わった。先生の体型自体は細いのだが、顔はふっくらとしていて、丸い。プリントの内容を読み上げているとき、俯いた先生ははっきりと二重顎になっていた。どくどく、と心臓の鼓動が高鳴っていく。先生が読み上げている内容は、全く頭に入ってこなかった。みんなが配られたプリントに目を落とす中、僕だけが先生をじっと見つめていた。
最初に二重顎に興奮したのはいつだっただろう。気づいたら二重顎や、ぱんぱんに肉がついた頬に性的な興奮を覚えるようになっていた。別にクラスで大平がいじられているような、デブ専ではないと思う。普通体型なのに、顔だけふっくらしている人が好きなんだ。あと、綺麗だけど二重顎の人。
体育の後、女子が更衣室から帰ってくるまでの時間。男子しかいない教室で、同級生が胸の大きい女と小さい女のどっちが好きか、という議論をしていた。
「そんなの、大きい方がいいに決まってるやん」
「いや、俺は貧乳をも愛する」
「イギリスの女、平均がEカップらしいで」
その会話を傍観していた僕は、突如として会話の渦に巻き込まれることになる。
「哲平はどっちが好きなん?」
「ーーー貧乳かな」
「えー嘘やん」
「ほら、貧乳好きもおるんやって」
女の胸に興奮するということが、僕にはよくわからなかった。それが思春期の男子としては少数派であることを、その日を境に、より明確に認識するようになる。
ある女優が、小顔ローラーを使用している写真をInstagramにアップしていたとき。YouTubeで、「二重顎をなくす方法」という動画が流れてきたとき。
なんで?そう思わずにはいられなかった。なんで二重顎は無くすべき対象なの?胸を残したまま痩せたいと言う人はいるのに、なんで二重顎を残したまま痩せたいと言う人はいないの?
「寺西先生、普通にかわいくね?俺のタイプなんだけど」
「でも笑った顔、あんまりやない?」
「わかるわ」
全くもってわからなかった。笑うと二重顎になるところこそ、魅力的ではないか。
数学の課題を終わらせながら、休み時間に同級生の会話を聞いている。最近、同級生の男子とは何か壁を感じるようになった。それはおそらく、同級生と自分は性的嗜好の対象が異なっていたからだろう。同じ人間を見ていたとしても、同級生がその人に尻や胸に興奮する一方で、僕は二重顎や首の肉の動き、ぱんぱんに膨れた頬に興奮する。自分のフェチを共有する相手が欲しくないと言えば、嘘になる。でも、自分のフェチをはっきりと言語化することは極めて難しいように思えた。申し訳ないけど、僕は肥満体型の人の二重顎には関心がない。明瞭な二重顎より、二重顎になるかならないかというギリギリの段階の方が好きだったり。もうちょっと顔に肉がつけばな、と思っていた女優が太ったとき、急に冷めてしまったり。そんな自分でもよくわからないフェチを抱えていた。
担任を性的な目で見ることで、色々と問題が生じる可能性は否めない。授業に集中できなかったり、話すときに落ち着かなかったり。実際、僕は先生の国語の授業でろくにノートも取らず、彼女の顎の肉の動きを凝視していた。彼女が教科書の文を読み上げるとき、俯いて顎の肉が段を作る。クラスメイトが教科書に目を落とす中、僕は頭を上げないように先生の首元を見る。こんな具合では、定期テストで点数が伸びないのも当然だと思われるかもしれない。ただ、国語が元来得意な僕は、なんとか定期テストでも高得点を保つことができていた。また、授業の国語と入試の国語とでは、微妙に内容が違っている。入試への影響も薄いだろう。問題は数学だった。個別指導の塾で数学を受けているのだが、最近塾の授業に集中できずにいるのだーーー
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