sound
『ああ、何』
しばらくしてそいつが電話に出た。
昨日とは違い、淡白な態度。素っ気ない応対だが安心する。
「頼む、迎えに来てくれ」
俺は思い切って言う。
『なに、急に』
「此処、うるさくて、怖くて。いつも誤魔化すように聞いてた音楽も、機械がつかえなくて聞けないから……」
でも、一人でそれに耐えるよりはマシな気がした。
『また……』と呟くと彼は了承する。
『じゃ、そこに居てね』
駐車場の近くで待ち合わせ。なんかデートみたいだなと思いつつ
しばらく待って居るとやって来た。
黒いカーディガンを身につけていて、なんだか大人びている。
「よぉ」
軽く挨拶すると、彼はふわっと微笑んだ。
「ん」
軽く寝ぐせがついているのも、普段より皺の寄っているシャツも、急いで来てくれたんだろうと思うと何故か愛しい。
「今日、休みだよな。寝てた?」
「うーん、曲、探してて」
彼は曖昧に答える。
「何の曲?」
「洋楽?だと思う」
曰く、ある事件当時の曲で、そのときの真理が現れている可能性があるので、俺にも聴いて貰おうと思ったのだがいかんせん日本では流通しているところが少なく、手間取っているという。
「捜し方が分からないってだけの人結構いるし、本当にそういう場とか日本に欲しいよね。大体日本語タイトルだから、タイトルを英語で検索する人もあんまりいない印象だし」
さ、帰ろう。
彼が言い、俺も手を伸ばしたのだが、上手く身体が動かない。
「どうした?」
「だから。動くの、怖い。病院、苦手なんだよ……」
ときどき、どれが自分の心か分からないというか、
いろんな意識が頭の中で巡って、重くなってしまって、緊張と言うか、硬直してしまう。
ここから動きたくない、と言うとそいつはわかったと言って、少し距離を開けた。
「それなら。歯は、食いしばれよ」
「え?」
蹴りが飛んできて、とっさに避ける。
「ここびょーいん!」
「だから?」
だからとは。
「手伝ってる。痛い間は、怖くないだろ?」
あ。本当だ。
ひょいひょいとかわしながら、ここの客にはなりたくねぇと気合いを入れる。
やがて空気がざわついて、はっと我に帰った。
無意味に二人とも汗だくだった。
「帰るか」
「ハハハ、いい運動したなぁ」
「朝起きたら居なくてびっくりした。今日は、なにしてたんだ?」
「軽いカウンセリング、みたいな?」
「あっそう」
色が、案外いつも通りなのでなんとなく安心した。帰り道の途中では、ざわりとなにか嫌な声がして、すれちがった。
「どうかしたか?」
「いや……」
これは、俺にしか聞こえなかったのだろうか。
横に頭をふる。
「窃盗とかって、貧しい人のイメージがあるだろ?」
「急になに」
「でもさ、ほどほどに財力があるやつが案外多いんだよな。それなりに恵まれてるような」
「例えば?」
「隣家が遠いとしたら、貧しいやつは、まず交通費が払えない」
「なるほど」
「今日の飯でせいいっぱいなら、そんなことしてるなら働くだろ」
じっ、と色は俺の真意を探るようにこちらを見ていた。
「リスクも高い、どのくらいの価値を他人が持っているかも不確定。大抵の盗人は必ず下見をしてから来るらしい。あまりに余裕ないやつが、そんな暇だろうか」
「まぁ確かに、一理あるのかもしれないが。そんな話を聞いたのか?」
ぎく、と俺は固まった。
「さっきすれ違った、品の良さそうな旦那と婦人がっ」
慌てて口を塞ぐ。
そいつは、特に動じもせずに、ちらりとその二人の歩いていった後方を見つめていた。
「……どうかしたか」
「いや。デートって最近してないなと思って」
こいつからアウトドア派の発言が出るとは思わなかった。
「暇がないだろ」
「うん。というか、俺がやばいかな」
定期的に訪れる波のことだろう。他人を信用できる時期と、他人を異物と認識して拒絶反応があらわれる時期が交互にやってくるらしい。
無理もないことだった。普段、意識としては受け入れたつもりになっていても、なかなか、無意識の身体は一度受けた身の危険をゆるしはしない。
「外に出ただけで、殺っちゃうかもしれないってくらい高ぶるときがある」
「……やめてくれよ」
「少しオーバーに言ってみただけ。自分で制御してるから、まだ、そこまでではない」
「それでも」
そのときの心を、読んだことがある。
壮絶な痛みと、全身を駆け巡るような苛立ち。
叫び出したいような悲しみ。それを圧倒して無理矢理押さえつける理性。
押さえるのでせいいっぱいのそれは、誰かに会ったとたん、崩壊するだろうというものだった。
「分解もさせてもらえないし。ストレスがたまる一方」
「他の解消法は、ないのか」
「さあ……でもさっきの二人がならんで歩くの見てたら、デートもいいなって」
「暇が出来たらな」
「うん……おれの予知では、まだ、少しやることがありそうだ」
line(廻線) たくひあい @aijiyoshi
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