palihgenesis

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 曇り空、風のびゅうびゅうと吹く日だったと思う。そいつ――

藍鶴 色を、

初めて見たのは。


歩道橋の上で、真下の道路を見下ろしていた。

寂しそうに。

酷くやつれていたし、何かを怖がっているようでもあった。


しかし、本当に恐れなければならない何かは、簡単に飛び越えようとしてしまうような、なんていうか、危うい感じがした。

会社帰り……と言っても、前に居た会社をクビになった帰り道だった俺は、行く宛も、明日からのことも考えられないでいて、そんな気分で暗く俯いていても、思わず振り向いてしまったほどには、そいつの纏う空気は異様だった。

「どうか、しましたか」

声を、かけてしまった。彼は俺を見て、ふっと儚く笑ってから、別に、と橋の一部みたいにまた、橋に寄りかかっていた。下を通る車を、なんとなしに、無気力に眺めている。


頼りない目をしたそいつがいつかここから落ちてしまうのではと、俺はなんだか気が気じゃなくて、だから、思わずその手を握った。


指先から、電流がかけぬける。というのは大袈裟だが、俺は生まれつき、変な技術を持っている。その場にいながら遠くの物を見ることが出来るのだ。そして、いわゆる、サイコメトラーでもあった。触れたものの奥に残る何かを、読んでしまう。

「……っ」


藍鶴色の記憶。

だと思う。

監禁され、暴行され、そして、乱暴され、あらゆるものでまみれたその記憶は、たどるだけでも吐き気がしそうで、それに耐えてきたのだと思うと、目の前の彼が、ここから飛び立つ資格は、充分にあるように思えた。


なにを言っているんだろう。

――そんなものに、資格なんかないのに。


「……お前、居場所が無いのか」

思っていたことが、思わず、口から溢れた。

そいつは振り向いた。

きれいな黒髪。

きれいな黒い目。


でも、あまりに淀んだ、瞳。細く痩せた身体。


 居場所のある人間という感じは明らかにしない。ストレートに聞いてしまった。マシな表現がまだあっただろうに。


「うん」

そいつは笑う。

「おれ、あいづ いろって言うんだ」

変わった名前。

なのに、なんだか、そいつに似合っているような気がした。

俺も名乗る。


「俺は、解瀬 絹良――かいせ きぬら」


変な名前、と藍鶴は言っていた。















藍鶴色は、あの日から俺のすむアパートに入り浸っている。

……押し掛け女房というかなんというか。

ある日、部屋のそばにいたから飼っているというか。





――――そんなとこに居ないで入れよ


――――何故?





「いや、なんか、目を離したら消えちゃいそうで」

ある朝……壁際に凭れていた彼にそう言った俺を、(監視?)。彼は不思議そうに見つめて


『他人が消えたら何か問題なの?』

と聞いたりした。



――――あ、寂しいんだ?



変なやつだった。

彼にとっては案外、此処に居る理由なんて

『俺が寂しいから』でしかないのかもしれない。






――色。名前のせいかな。色が好きなんだ。



――――俺の友達も、色素が薄くて……ほら、あの屋敷の。とっても綺麗なんだ。

けど松本や朝原が、冨士の所に研究所構えた頃から……あまり外に出なくてさ……

あ。ほら、遠くに見えないか?





誰にでも、そうなのかもしれない。

それでも。




――え? そうだね。 界瀬は綺麗な色をしている。



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