prologue
「俺にはわかる。今日はトンネルで、ココアの粉塵爆発が起こる日なんだ」
「どこの工作員だ」
よし、じゃあ決定。
今日は既に着替えているし、すぐに出かければいいが、その前に、と、俺は社長に電話をする。
『はい』
向こうも探していただけあってすぐに、男性の声が聞こえて来た。
『見つかったか?』
なんだかくぐもった声に少し違和感を覚えたが、きっと気の所為だろうと報告だけする。
「あー、はい。保護しましたが、あいつめちゃくちゃ怯えてましたよ。何させたんすか?」
そう言うと一言、すまんな、と返された。
「あの、社長のこと、所長たちは……」
答えは返って来ない。
言えないらしい。彼が悪いわけではないのは知っていた。誰にも責任を問えないことも。
ただ、この空気は知っている。
(業界人の名を連ねる「顧客リスト」を見たとたん、捜査を打ち切ったのと同じ……)
「わかりました……少ししたら、そっち戻ります」
俺が電話越しに曖昧に言うと、社長は、藍鶴の様子はどうだと聞いてくる。
「だから、めちゃくちゃ怯えてて、俺のプラモが崩壊してましたが、やっと今泣きや……んっ」
唐突に唇をふさがれてしまって言葉が紡げなくなる。
駄々を捏ねる藍鶴は、どうやら俺の連絡で不機嫌度をあげていた。
単独で考えての行動でないので、騙された気分なんだろう。
考えているうちにそのまま、ジリジリと迫られ、舌を割り入れられて変な声が出た。
歯列をわざわざなぞって、上顎とかをくすぐるので、びくっと肩を震わせる。
いや、今、そんな暇はないんだって。
「色、ちょっと、落ち着いて」
胸の突起辺りをさりげなくさわられて、や、とか、あぅっとか情けない声を出しそうになって、慌てて通話を終える。
「落ち着いてるよ」
彼に向き直ると、やはりとても不機嫌そう。しかし、落ち着いてはいるようである。
「そういえば、今日も来てたよ。あの人。いつになったら自分の方をみてくれるのか、だって」
身体が少し離れる。
俺は、我に返って唇を尖らせた。
「妬いてるのか?」
自分で言うのもなんだが、俺はなかなかモテる。
しかし、その何割かに明らかに後妻業狙いみたいなのが混ざっていた。
「王子様だもんね」
色のじっとりとした視線と、軽い口調。
足元のプラモデルを見て合点がいく。
器用な奴。
「……」
王子様、はあだ名である。
金髪と淡い色の瞳、親譲りの顔立ちから周囲が勝手に付けたもので、俺としてはちょっと恥ずかしい。
印象だけが上滑りして、内面を見て貰えていない気もする。
「あぁいうのは、大体一方的に来てるだけだ。俺の体質の話、オカルトだなんだってネタにばっかりして、直接聞きもしない信じてもくれない奴らのことなんか、好きになる訳ないだろ?」
どうせ奴らの目当てなのは、実家と財産の方だ。
「お前だって、そうじゃないのか?」
色が俺を見つめて固まる。その間に身体を捻り、抱きしめる。
これで身動きが出来まい。
『――――どうして、いつも、外に出れないのに他人の為に使わなくちゃならないの』
特異能力。
特別に、特殊に異端な能力。
多くの人が『他に代わりが居ないから』俺達を頼る。
本来、多くの人が使うべきでない力。
力や奇跡に縋る事に慣れてはいけないし、必然のようになってはいけない。
なのに……
「どうしても叶えたい事があって、どうしても自分を信じてやりたいから。どんな目で見られても此処に居るんじゃないか」
色は予知能力者だ。
元々、それが運命だったなら、捻じ曲げるなんておかしいじゃないかという気持ち、怒り、矛盾を抱えている事だって数えきれない。
5歳の時既に自分自身の事ですら大事な物全てを手放し続けるように教育され、執着を捨てるように囲われ続けてきた彼だからこそ、これまで自分の捨てた、奪ってまで捨てるようにされ続けてきた『くだらない拘り』に時間を割かなければならない。
その苦痛すら抑え込んで、依頼だからという名目、定義を守っている。
そこまでして、守りたいものがあるから。
――――妹に似ていた女の子を逃がしてあげたつもりなんです! 飯田君は悪くありません!自己犠牲なんです! 大好きだから!なのにあの女にストーカーだなんて恨まれて!可哀想だったから呪ったんです
――――で?
貴方にだってかけがえのない、大事な人が居るでしょう? 妹の為なんて聞けば同情するもんじゃない?
――――しませんね。
何をしてくれたかもどんな思いかも、当人には関係無い事だ。
彼は相手の気持ちを考えずに勝手に突っ走った。
感情なんか役に立たない。結果だけが全てだよ
『不愉快だ』
――――感想なんかどうでもいい。
感情も、どうでもいい。
大事に持ってる喜びや大事さなんか説かず、
『さっさと出て行ってくれたらいいのに』
「色……」
何か言おうとしていると、ふいに、両腕を掴まれた。
かちゃ。と軽い金属音。
「お?」
腕には手錠。
呆然としていたから、一瞬、何が起きたかと思ったが、拘束されたようである。
「確保。ぼーっとしちゃって、かいせは可愛いね」
にっこり、笑って言われて、俺はしばらく絶句する。
「おい」
機嫌が直っている。してやったりとニコニコで彼は手綱を引いた。
「さて、これで誰も邪魔しに来ないな。ここに、居よ?」
俺は顔を背けて、脱げかけていた服を、どうにか着直そうと、肘で頑張ってみる。腕を拘束されているから、手は使えないし、もどかしい。
「駄目。俺は、お前を保護して、スーパーに行かなきゃいけないの」
「え、買い物中だったの?」
色が目をまん丸にしている。
俺はなんだか勝った気分になってゆさぶりをかけた。
「お前の好きな大福アイス、買ってやろうかと思ったんだがな」
ふえ、と藍鶴が、どこかひきつった声をあげる。 本当は福引きにならんでいただけだ。3等の商品券がほしかったから。
でも、それを信じた藍鶴色は、驚いたような、嬉しいような表情で目を潤ませた。
「一緒に買いに行く?」
「手錠をはずせ」
俺が強く訴えると、彼はにやにやして、わっかに繋がっている鎖を引っ張った。犬の散歩みたいだ。
「でもなー。勿体ないなー。どうしようかな?」
どうしようもこうしようもないから外せ、という意見は聞き入れられないらしい。そいつはにこにこ、笑ったまま、また服に手をかける。
だから、だから、暇がないんだよ。
辛うじて自由な足で、蹴りを入れる抵抗に出る。おっと、と腹の前で、彼の手に掴まれて足も動かせなくなった。
……しまった。
咄嗟に足を出すときは、すぐに引っ込められるように考えなければ。
このように封じられてはかなわない。
そんなことさえ忘れていたのか、たるんでいたのか。
「一日休んだだけで、甘くなるね?」
藍鶴色は、冷たく言った。
それから乱暴に俺の口の中に指をつっこんでくる。
指とか美味しくないし。
どんなに好きな相手でも、まずいもんはまずい。
うえ、とえずく俺を無視して、しばらく唾液を絡め取られる。
「ん、よくできたね」
「ん、ふ、ざけるな……」
と。玄関から、ピンポン、という明るい音。
何回も連打される。
藍鶴は黙ってそちらに向かった。来い、と俺を引いたまま。
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