3話 出会い



案内された館は、フェリオとアルトの二人だけで暮らすには広すぎるほど立派だった。


魔操具のおかげでいつでも暖かなお湯が湧くお風呂と、簡単に火が起こせるキッチン。

大きな暖炉がある客間と食堂、個人の寝室として使えるだろう部屋は六つもある。

家具も大きなものは残されていて、アルトが確認しながらあれこれと追加で必要なものを考えているようだった。

フェリオはといえば、所々に巣を張っている蜘蛛に驚いてはアルトの後ろへ隠れ、鬱陶しがられていたのだが。



その後、村長に村の案内と村人への紹介をしてもらえることになった二人が、館を後にしようとしたとき。

離れた場所から、それを呼び止めるように大きな声をかけてくるものがあった。


「村長ーーーー!!!お客さん来たってーー!?」


先ほどの老婆に負けず劣らずの大きい声だった。この村には声の大きい人間しかいないのだろうか。

きんきんと脳みそを揺さぶるような声に思わず耳を塞ぎかけたフェリオは、はた、と動きを止めた。


人懐こい笑みを浮かべて走ってくるのは、自分と歳の頃が同じくらいの、快活そうな少年だった。

短い赤銅色の髪の下で、金色の瞳が好奇心を宿して楽しげに輝いている。

彼は大きな水桶を両肩に担いでいるとは思えない軽快さでこちらへやってきたかと思うと、村長の隣で水桶を降ろした。


アルトとフェリオに頭を下げた彼のきらきらとした瞳が、何やらこちらへ向けられている気がする。

フェリオは落ち着かなげに身を縮め、俯いた。長い前髪で目元を隠すと、少しほっとする。


「彼らがそうだ。今ようやく家を案内したところだよ」

「やった、楽しみにしてたんだよ!ナハマばあばから、オレと同じくらいの子もいるって聞いてさ!」


気のせいではなかったらしい。彼がぱっと笑顔を向けたのは、フェリオだった。

その勢いに押されて思わず一歩後ろに下がったことなんて気にも留めていない顔で、少年はずいっとその一歩を踏み出して埋めてくる。


「オレ、カイ!お前、名前は?」

「えっあ、えっと、フェル、です」

「綺麗な名前だな!これからよろしく、フェル」


慌てて捻り出した愛称をこともなげに呼び捨てる遠慮のなさも、フェリオの周りにはいなかった種の人間だった。

差し出された手に思わず目を瞬いて、おずおずとその手を握る。思ったより強い力でぐっと握り返されて、一瞬悲鳴を上げそうになった。


「よ、……っ、よろしく、お願いします」

「おう!多分オレのが年上だけど、別に敬語いらねえからな!」


落ち着いたらまた顔出せよ、オレんち向こうのとんがり帽子の屋根の家だから!と、丘の上に佇む赤い屋根の家を指さし。

彼は来た時と同じように、また水桶を抱えあげてすごい勢いで走り去っていった。

嵐のように通り過ぎていった彼を見送ったアルトが、村長へと視線を戻す。


「……あれは、何を?」

「あれは昔から騎士になるのが夢でしてな。体力づくりだと、毎日村の家々の水汲みを買って出ております」

「そうか。随分と頼りになりそうな子だ」

「年寄りも多いですから、実際頼りにしておりますよ。本人も言うように、あのくらいの年の頃の子はこの村にあの子だけでしてな」


ちょっと元気のよすぎる所はありますが、よかったら仲良くしてやってください。

村長にもそう言葉を重ねられて、じっと自分の手を見つめていたフェリオは慌ててこくこくと頷いた。


お世辞にも、人好きされる態度も容姿もしていない自覚があった。

それでもこうして声をかけてくれるたことに、じわじわと嬉しさがこみあげてくる。

仲良くなれるだろうか、と、いまだに力強く握られた感触を残す手を、フェリオはじっと見降ろした。



三人でゆっくりと村を眺めて回っていれば、時が過ぎるのは早い。

村で飼っている仔山羊に服の裾を食まれて悲鳴を上げたり、麦挽き小屋の水車の飛沫の煌めきに見とれたり。

約束通りに訪れたカイの家であらためて自己紹介をしたところ、「同い年ィ!?ちっさ!!!!」と驚かれてむくれたり。

行きあった妊婦の女性のお喋りの止まらなさに、目を白黒させたり。


そんな挨拶回りを終えて宿にたどりついた二人は、案内された部屋へ荷物を運びこむ。

一息つく頃には、空はすっかり夕焼け空の様相を呈していた。

何も遮るもののない大空を染める真っ赤な夕焼けも、陽が沈んで夜へと移り変わってゆく空も、息を呑むほど美しい。

ほけ……と呆けながら景色に見とれるフェリオに、呆れたような声色でアルトが声をかけてくる。


「おい、食事の前に確認しておくが」

「あっ、はい!」

「勘違いされている件、お前に訂正する気は?」

「えっと、ないです」


フェリオにとっても、格段に過ごしやすい。村人たちに、貴族だからと遠巻きにされるのはごめんだった。特にカイには。

そうか分かった、と頷くアルトは、考え込むように口元に手を当てた。

口裏を合わせるべきことについてだろうとは思いつつ、フェリオは思わず尋ねる。


「あの……アルト、さん、は、それでいいんですか?」

「こちらもその方が楽でいい。お前に貴族としての振る舞いを叩きこむ手間が省ける」

「す、すみません……」


じろりと睨みながら言われて、思わず縮こまる。

幼少期、城で貴族教育と称して教え込まれた態度は、フェリオにとっては泣きたくなるほどハードルの高いものだった。

年上だろうが目下のものは呼び捨てなさい、メイドに敬語を使ってはいけません、してもらったことにお礼を言ってもいけません。

当時のフェリオは、そんな態度はどう考えても人に嫌われるだろうと思った。嘘を教えられたのかとすら疑った。

兄王子たちならまだしも、魔力もない、何もできない自分などがそんな態度を取ったところで、逆効果にしか思えなかったのだ。

それを強要されるのが一体全体どういう理由なのか、フェリオには訳が分からなかった。正直言うと、今も分かっていない。


城で家庭教師にブチ切れられた日々を懐かしく思い出していれば、溜息を吐いたアルトが「それで通すなら」と話を進めた。


「いくらか口裏を合わせるぞ。人前では主に僕が意思決定して喋る。必要なら後で確認するから基本は黙っていろ」

「はい。えと、呼び方はアルトさま、でいいですか?」

「無難だな」


二人の時は好きに呼べ、こちらも好きに呼ぶ、と続けられて、フェリオは頷いた。先ほど呼び名に迷ったのを悟られたのだろう。

他にもいくつか細かな決まりを確認して、アルトは腕を組んだ。


「こんな所か。質問は?」

「えっと、家事の分担とか」

「……お前、何かするつもりがあったのか?」

「だ、だって俺が従者なら、何もしてないの、おかしいですよね?」


化け物でも見たかのような顔をしたアルトが、それもそうか、と口元に手を当てた。

怒られずにすんでホッとしたフェリオは、何を申しつけられるのかとドキドキしながらアルトを見上げる。


「荷運び程度でいいと思うが。館に移るまでの一週間は、大した仕事はない。その間に考えておく」

「わ、分かりました。あの、村の人たちのお手伝いとかは、しても……?」

「……勝手にしろ」


帰ってきたのは溜息だ。

カイと一緒に行動する言質を得て、フェリオはぱっと顔を輝かせた。



翌朝。

朝食を食べ終えたフェリオは、カイに連れられて村へ出かけていた。

約束をしていたわけではないのだが、初日に村を案内する役目を村長に奪われたのが悔しかったらしい。

まだ回ってない所を案内すると申し出てくれて、フェリオは一も二もなく頷いたのだ。


村はそう広いわけではないので初日と同じところも歩くのだが、カイについて歩くのはまたちょっと違って新鮮だった。

水車小屋の裏には渡り鳥が巣を作るので冬は賑やかだとか、夏になるとこの木にはちょっとした果実が実っておやつにできるのだとか。

他愛もないけれど、この先この村で過ごすのがなんだか楽しみになる。そんな案内だった。


二人で歩いていると、通りかかった水車小屋から声をかけられる。

初日にフェリオたちを村長夫妻の家まで案内してくれた老婆、ナハマだった。


「カイ、わりぃけど小麦はこんでぐんねぇかあ?」

「なんだよナハマばあば、今オレはフェルに村の案内してんだって。後でやってやるから――」

「あ、あの。よかったら、俺も手伝います」


二人でやれば早いでしょう、と申し出ると、ナハマはたいへん喜んでくれた。

情けないことにフェリオは非力も非力で、カイが一度に運ぶ量の半分くらいしか持てなかったのだけれど。


「いんや助かったわぁ、腰さ痛ぐてよ。ありがとよぉ、フェル」


それでも、しわくちゃの笑顔でお礼を言われて、フェリオは思わず息を呑んだ。

――誰かにお礼を言われるなんてこと、本当に久しぶりだった。


まだ母が生きていた頃は、そういうこともあったかもしれない。

けれど、そもそも王族という立場で、誰かに何かをしてあげることを許される状況はそうそうない。

特に、フェリオ自身ができるだけ人と関わらないように引きこもるようになってからは、言うまでもなかった。


「あ、あの、いえ、えっと」

「おう、ありがとなー、フェル。でももうちょっと体力と腕力つけた方がいいぞ」

「は、はい……」


どう答えていいか分からずもじもじと指をいじくっていたフェリオは、カイの言葉にぺしょんと項垂れる。

それでも、褒めるように頭を撫でるしわくちゃの手が、こそばゆくて、くすぐったくて、嬉しかった。



村を回りながらカイの様子を見ると、どうやら村の手伝いをして回るのは日常茶飯事らしかった。

フェリオも頼まれごとを幾つか付き合って、薪を運んだり水を汲んだりと手伝いをした。体力でも腕力でも、カイにはやはり及ばなかったが。

どうやらカイは、騎士になるなら体力と腕力の基礎が大事だと、常日頃から動き回るようにしているらしい。


「夢に向かって、毎日努力してるんですね。すごいなあ」

「へへん、それほどでも?って言っても、ここに剣を教えてくれる人はいねえからさ。そのうち街に出たいんだ、オレ」

「騎士になりたいんでしたっけ」

「そ!今は時々街に出かけて教えてもらってんだけど、やっぱ限界あってさ」


道端で拾ったちょっと立派な木の枝を両手で握って、正眼に構え。

上段から斬り下ろすように下へ。ひゅ、と空を切る、小気味のいい音がフェリオの耳に飛び込んでくる。


「格好いいじゃん、騎士。誰かのピンチに現れて、大切な人を守ってさ」

「はい、格好いいです。王都でもパレードの護衛をしたり、街の近くに住みついた魔獣を倒したりしてました」

「だよなぁ!?いいな、フェルは王都にいたんだもんな。オレも見てみたいぜ、本物の騎士」


実は近くにいるのだと知ったらどんな反応をするのだろう、とフェリオはこっそり想像した。

もちろん話すわけにはいかないのだが、いつか彼がアルトに剣を教わる日が来ればいいとも思う。

代わりにフェリオは、そうなってほしいという祈りも込めて笑いかける。


「カイなら、きっとなれますよ。こんなに頑張ってるんですから」

「へへ!ありがとな、フェル」


照れたようにはにかむ笑顔は、先ほどまでお兄さんぶっていたカイの印象よりもずっと子どもらしい。

カイの素顔にすこし近づけた気がして、フェリオは嬉しくなる。


「まあそういうわけで、オレは村の手伝いって全然苦じゃないんだけど……フェルは無理してないか?別に、オレに付き合わなくてもいいんだぜ」

「全然です!……と、とはいえ、足を引っ張ってばかりなんですけど……」


先ほども水瓶を運ぶのを手伝おうとして、あまりの重さにうっかり地面へ転がしてしまった。

また遠くの川まで歩いて、汲み直しにいかなければならない。慌てて汲みに行こうとしたものの、結局はカイがフォローしてくれたのだ。

カイも村人たちも気にするなと笑い飛ばしてくれたが、フェリオは情けない気持ちでいっぱいだった。


力もないし、体力もない。部屋に引きこもっていたフェリオは、一人で放り出されれば何もできない、ただの子どもだ。

頑張っても得られない成果と自分の無力さに、ほとほと嫌気がさしてしまった。

このままでは、城にいた時と同じだ。いつか呆れられて、見捨てられてしまうかもしれない。


けれど、一人の子どもとして扱ってもらえる、今だからこそ。強く思う。

それではダメだと――それでは、嫌だ、と。


「今までの暮らしとは違うから、うまくできないことも多いけど。それでも」

「村のみんなの生活をちゃんと見て、手伝って――俺も、この村のこと、知りたいんです」


そして、たくさんのことを学びたい。

ちゃんとここで、生きていけるように。


フェリオの言葉に瞬いたカイは、やがて、どこか嬉しそうに鼻を擦った。


「……そっか。フェル、お前、ちゃんと考えてるんだな。じゃ、遠慮しなくていいな!」

「はい!一緒に、手伝わせてください!」


それに、何より。


「……俺、今まであんまり、ありがとうって言われたことってなくて」


でもここのみんなは、些細なことでも、できることをすると喜んでくれる。

褒めてくれるし、助かったよと笑ってくれる。


「俺なんかでも、少しは役に立ててるのかもって思えたら、嬉しいんです」


そう零すと、カイは真顔になって、黙って腕を組んだ。

あれ、と思ったフェリオの耳に、なんだか不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「……アルトさまって言ったっけ?お前の主人」

「えっ?え、ええ、はい」

「いじめられたら言えよ」

「えっ!?」


まさか、「お礼を言われたことがない」という自分の言葉が、アルトの株を下げていることに気づくはずもなく。

どうしてそうなったのかと慌てるフェリオの横で、カイはふんすと鼻を鳴らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月12日 21:00
2026年1月13日 21:00
2026年1月14日 21:00

ノケモノ王子はバグっている めっち @metti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ