第4話
リンゼは、幼い頃から親しくしている、年の近い側近に打ち明けた。
全部――だいたい。
話を聞き終えた側近は、しばらく考えてから、ぽつりと言った。
「それは……まるで“人魚姫”の話のようではありませんか……」
リンゼは、深く頷いた。
この世界にも、人魚姫の物語はある。
内容は、だいたいアンデルセンのそれと同じで――
愛する相手と生きる時間が、あまりにも短いという話だ。
「……そうなのだ。
だが、ただ“儚い”で終わらせたくはない……
わたしは、愛し抜きたい」
側近は、そんな親友の顔を見て、静かに助言した。
「……では。
召喚した理由を、きちんと伝えた方が良いのでは?」
リンゼは、目に見えて焦った。
「それは……非常にまずい……」
(肉食系も違う……草食系も違う……
結果、宛もなくプレイボーイをしていたことが、
リラにバレてしまうではないか……)
「あの……人間の女性が……」
側近がそう言いかけた瞬間。
「……リラだ……」
リンゼが、少し情けない顔で訂正する。
側近は、すべてを察したように頷いた。
「リラ様が、ぼーっとなさっている隙に、
さりげなく伝えるのが、最もよろしいかと……」
……やはり、そうか。
「……ヒートが明けてからにしよう……」
リンゼは、そう心に決めた。
一方、その頃。
リンゼの葛藤など露知らず、
わたしは生理の眠気ですぅすぅ寝ていた。
血は……結構、出ている。
容赦なく、眠い。
この世界なりの
「婦人用マナーパンツ」というものを用意され、
少し恥ずかしがりながら着用したものの、
眠気には、勝てなかった。
身の回りを世話してくれている侍女さんが、
側近づてに、そっとメモを渡す。
『リンゼ様へ
リラ様は、我々獣人のヒートとは異なり、
かなり出血なさっています。
昼頃は、立ち上がるのもお辛そうでした』
それを読んだリンゼは、顔色を変えて様子を見に来た。
撫でる。
頬を包む。
とにかく、労わる。
なす術がないので、全部やる。
一方のわたしは、
別のことで、もじもじしていた。
(こんなこと……言っていいのかな……)
(体の回復のために……お肉が食べたい……)
(でも、獣人の世界にお肉ってあるのかな……)
(戦いの末のお肉だったら……なんか申し訳ないし……)
リンゼは、わたしのまばたきの回数を見て、
くすっと笑った。
「どうした?
考え事が忙しそうだな」
わたしは、意を決して聞いた。
「……この世界に、お肉料理って……ある?」
リンゼは、ふっと笑う。
「あるぞ。
鶏、豚、山羊、熊、牛……なんでも」
「……獣人の世界なのに?」
リンゼは、さらっと説明した。
太古の昔、
人の要素が遺伝しなかった種――
つまり、獣として固定された系統は、
家畜として繁殖されるようになったのだと。
……さらっと言うけど、情報量が多い。
「……で」
リンゼは、少し身をかがめて聞いてくる。
「肉が、食べたいのか?」
わたしは、こくんと頷いた。
「失った血を補う分の、たんぱく質が欲しいの」
リンゼは、
「うん」
と、にこやかに頷いてから言った。
「牛? 豚?
なんでもいいぞ。何がいい?」
……選択肢、軽い。
わたしは、少し考えて答えた。
「……豚で」
「分かった」
即答だった。
この人、
わたしの体調のことになると、
判断が早すぎる。
リンゼは、心の中で思った。
――召喚の理由を伝えるのは、まだ先でいい。
今はまず、
この小さな人間に、ちゃんと栄養をつけさせよう。
一方のわたしは、
(……なんか……
すごく大事にされてる気がする……)
と、ぼんやり考えながら、
次はどんな豚料理が出てくるのかを想像していた。
――まだ、真実は言われていない。
でも、今日もちゃんと、
ごはんと優しさは出てくる。
そんな二人の距離は、
相変わらず、少しずつ、ずれている。
でもそれは、
悪いずれ方では、なかった。
運ばれてきた料理を前に、
リンゼは終始にこにこしていた。
「どうぞ。遠慮はいらない」
その声音だけで、
なぜかこちらが少し緊張する。
わたしは小さく背筋を伸ばし、
「いただきます」と手を合わせてから、箸を取った。
その一連の動作を、
リンゼは瞬きもせず見ていた。
――あまりにも静かで、丁寧で。
それが彼には、
祈りにも似た、どこか神聖な所作に映ってしまったのだ。
(……落ち着け。これはただの食事だ)
そう自分に言い聞かせながらも、
胸の奥では、恋だの何だのが
弾け飛びそうになっている。
蒸し豚は、
箸を入れただけでほろりと崩れた。
それを口に運び、もぐもぐと噛む。
(美味しい……塩麹の味だ……)
じんわりとした旨みが広がって、
自然と肩の力が抜ける。
こくん、と飲み込んでから、
思わず息を吐いた。
「……美味しい」
そう言って顔を上げた瞬間、
リンゼは、またしても完全に表情を崩していた。
目元が緩みきって、
口角が制御不能になっている。
(ああ、だめだ)
(可愛い。どう考えても可愛い)
心の中では、
甘さに溺れきった声が延々と反響している。
一方のわたしは、そんなこととは露知らず、
もう一切れを箸でつまんで、
また、もぐもぐと食べていた。
その様子を見て、リンゼは小さく咳払いをする。
「……足りなければ、すぐ追加させるが」
「ううん、大丈夫。ちょうどいい」
そう答えると、
今度は満足そうに頷いていた。
――かくして。
血を補うための豚料理をきっかけに、
ひとりは普通に食事をしているだけなのに、
もうひとりは内心で情緒が大事故を起こしているという、
静かで平和な昼下がりが完成したのだった。
まだ距離感を探り合っている
獣人皇太子と人間の女性は、
今日もまた、
お互いに気づかないところで少しずつ惹かれ合っている。
そのズレが、今はまだ――
ちょっと可笑しい。
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