第3話
いろんな獣人の顔を見た日、リラは思った。
――リンゼが、一番、人間寄りな顔をしている。
首から下は、ほぼ人間の男性そのものだ。
筋肉のつき方も、姿勢も、動きも。
……まあ、ライオンらしい耳と尻尾は、しっかりついているけれど。
獣人の皇太子にこんなことを言ったら失礼かもしれないから、
もちろん口には出さないけれど――
リンゼは、元の世界なら確実に
「ケモ耳美男子」カテゴリーに分類される容姿だった。
(わたし、うつで何もできなかった頃……
YouTubeのショートで、動物の動画ばっかり見てたな……)
お風呂に入れられて固まっている猫とか、
ちょっとおバカな反応をする犬とか。
……癒し枠。
(リンゼも、わたしをそういう枠で見てるのかな……?)
そう思って、ちらりと彼を見る。
その夜、なんだか腰に鈍い痛みがあった。
たぶん、大理石の床が多い生活のせいだ。
硬いし、今日は少し寒かったし。
一人で腰をさすったり、伸ばしたりしていると――
「……触れるぞ」
ちゃんと断ってから、リンゼが代わりに腰をさすってくれた。
大きな手で、ゆっくり。
痛みを逃がすみたいに、丁寧に。
その日は、眠りにつくまで、ずっと。
わたしはまだ、
どうしてリンゼが「可愛い」とか「愛おしい」とか、
守られる前提でわたしを受け入れているのか、分からない。
そもそも、
どうしてこの世界に召喚されたのかも、分からない。
でもその夜は、
とにかく、ぬくぬくして眠った。
――そして、次の日。
下腹部に、はっきりした違和感を感じて目が覚めた。
水風船が入っているみたいな、重さ。
それでいて……湿ってる?
(……まさか?!)
予感は、当たった。
生理だった。
しかも、しっかりシーツに血がついている。
リンゼが起きる前に、なんとかしたかったけれど、
彼はまだ目を閉じたまま、
わたしが起きた気配を感じ取って、抱き寄せてくる。
「……おはよう、リラ……
腰は痛くないか?」
やさしい声。
でも――
「……ごめんね……
シーツに、血がついちゃった」
そう言った瞬間。
リンゼは、ぱっと目を見開いた。
「――血?!」
自分がどこか怪我をさせたのでは、と焦ったらしく、
毛布を勢いよくめくって――そして、固まった。
どこでもなかったから。
獣人で言うところの、“ヒート”だったから。
リンゼは、必死に落ち着いた声を作る。
「……血は、気にしなくてよい。
これは……汚れではない……」
そう言いながらも、
次の言葉は、完全に動揺していた。
「だが……こんなに小さな身体で……
もうヒートがあるのか……?
つまり……子を宿せるのか?」
わたしは、
“ヒート=生理”だと、なんとなく理解して、
もじもじしながら答えた。
「わたしは……成人してるので……
普通に、毎月、生理はあります……」
リンゼは、ぴたりと動きを止めた。
「……毎月?」
声が、低くなる。
「リラ……君は、いま何歳だ?」
「23歳です」
「……して、人間の平均寿命は?」
なぜか、そのとき。
わたしは少し考えてから、嘘をついた。
「……25歳か、26歳くらいです」
自分でも、
なんでそんな答えをしたのか分からない。
なぜか、
縄文時代の平均寿命が口から出た。
わたしは、しばらく黙っていたけど、
やがて、ぽつりと言った。
「……わたしは、長老の部類です」
すると次の瞬間。
「……あぁ……リラ……
それでは、残された時間が……
あまりにも、貴重すぎる……」
ぎゅっと、抱きしめられる。
「片時も、離せなくなるではないか……」
「あ、あの……
リンゼに血がついちゃうから……
離れて、離れて……」
「良いのだ。
これは汚れではないと、言ったであろう?」
……話が通じない。
リンゼは、そのまま思った。
自分は確かに、
人間の女性に強い憧れを抱き、召喚した。
だが――
あまりにも、人間のことを知らなさすぎた。
知識は、すべてリラから聞くしかない。
今朝知ったことは、正直、衝撃的だった。
けれど、不思議と――
(この命の灯火が消えるその時まで、
愛し抜きたい)
そんな考えが、
自然に胸に浮かんでいた。
一方のリラは、
(……なんか……
話がすごく大事な方向に進んでる気がする……)
と、ぼんやり思いながら、
今日も皇太子の腕の中で、体を温めていた。
――まだ、お互いに、
「ちょうどいい距離」を探している途中。
過保護が過ぎる獣人皇太子と、
流されがちな人間リラ。
その距離感は、
たぶん今日も、少しずれている。
でも――
それが、この二人の日常だった。
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