第39話 五関突破、千里を駆ける神
関羽雲長(かんううんちょう)の孤独な旅が始まった。
曹操から贈られた通行手形がないため、彼の行く手には数々の関所が立ちはだかる。
それは、後に語り継がれる伝説「単騎千里行(たんきせんりこう)」の幕開けであった。
最初の難所、東嶺関(とうれいかん)。
守将・孔秀(こうしゅう)が、五百の兵を率いて道を塞いだ。
「関羽! 手形を持たぬ者は通せぬ! 人質(劉備の夫人)を置いて引き返せ!」
「……主の元へ帰る道を塞ぐ者は、誰であろうと斬る」
問答無用。
関羽は赤兎馬の腹を蹴った。
赤い疾風が駆け抜けた瞬間、青龍偃月刀が一閃。孔秀の体は、抵抗する間もなく両断された。
「邪魔だ」
関羽は血振るいもせず、静かに馬車を進めた。
その圧倒的な武神の姿に、兵士たちは震え上がり、道を開けるしかなかった。
その様子を、遠く離れた崖の上から見守る四つの影があった。
俊樹、玲花、貂蝉、そして趙雲である。
「お見事……。あれぞまさしく軍神ですね」
趙雲が感嘆の声を漏らす。彼は槍を握りしめ、身を乗り出した。
「ですが俊樹殿。次の関所からは、曹操軍も本気で罠を仕掛けてくるでしょう。私が助太刀に……」
「待て、子龍(しりゅう)」
俊樹が趙雲の肩を掴んで止めた。
「関羽殿の戦いに、横槍を入れてはいけない。あれは彼の『義』を示す戦いだ。俺たちが表立って助ければ、関羽殿の武名に傷がつく」
「む……確かに」
「だから、俺たちは『掃除屋』に徹する」
俊樹はニヤリと笑った。
「関羽殿が正面の敵と戦っている間に、卑怯な伏兵や、背後からの追手を処理するんだ。……行こう、次の関所は『氾水関(はんすいかん)』だ」
氾水関の守将・卞喜(べんき)は、狡猾な男だった。
彼は関羽を歓迎するふりをして、鎮国寺という寺に招き入れた。
本堂の幕の裏には、二百人の刀斧手(とうふしゅ:暗殺部隊)を隠している。
「さあさあ関羽殿、まずは一献」
卞喜が笑顔で酒を勧める。関羽は警戒しつつも、礼儀として杯を受けようとした。
その時。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
微かな風切り音が、堂内に響いた。
次の瞬間、幕の裏から「グッ」「ギャッ」という短く押し殺した悲鳴が連続して聞こえた。
「な、なんだ!?」
卞喜が狼狽える。
関羽が鋭い眼光で幕を睨むと、そこからどす黒い血がツーッと流れ出してきた。
何者かが、暗殺部隊を一瞬で始末したのだ。
(……気配を感じなかった。風か? それとも……)
関羽は杯を叩き割り、卞喜を睨みつけた。
「貴様、伏兵を置いていたな!」
「ひ、ひぃぃッ! なぜバレた!? お前たち、やれッ!」
卞喜が叫ぶが、幕の裏からは物音ひとつしない。
すでに、玲花と貂蝉の神速の体術と、俊樹の風の刃によって、伏兵は全員沈黙していたのだ。
関羽は立ち上がり、青龍刀を一閃させた。
「愚か者め!」
卞喜は一刀のもとに斬り捨てられた。
関羽は敵の屍を跨ぎながら、ふと天井を見上げた。梁(はり)の上には誰もいない。だが、そこには懐かしい「仲間」の残り香が微かに漂っていた。
「……フッ。お節介な風が吹いたものだ」
関羽は小さく微笑み、再び馬車を進めた。
その後も、関羽の快進撃は止まらなかった。
滎陽関(けいようかん)では王植(おうしょく)が宿を焼き討ちにしようとしたが、趙雲が事前に火種を見つけて消火し、関羽は王植を返り討ちにした。
黄河の渡し場では、秦琪(しんき)が立ちはだかったが、関羽の一喝と共に斬り伏せられた。
五つの関所を破り、六人の将を斬った関羽。
ついに彼は、曹操の勢力圏を完全に脱し、袁紹の領地に近い場所までたどり着いた。
ある夜、野営地にて。
関羽は赤兎馬の体を拭きながら、夜の闇に向かって独り言のように語りかけた。
「……そこにいるのだろう? 俊樹、それに……新たな気配も感じるな」
茂みが揺れ、俊樹たちが姿を現した。
「バレてましたか、関羽殿」
「当然だ。俺の行く先々で、罠が綺麗に解除されているのだからな」
関羽は俊樹、玲花、貂蝉を見渡し、そして最後に趙雲を見て目を細めた。
「そちらの白き武人は?」
「趙雲子龍。公孫瓚殿の元で一緒だった、あの若武者ですよ」
「おお! 子龍か! 貴殿も来てくれたのか!」
関羽と趙雲は手を取り合った。
「関羽殿。背中の守りは我らが務めました。あとは……主君との再会を果たすのみ」
「うむ。……だが、兄者は袁紹の元を脱し、南へ向かったという情報が入った」
「ええ。目指す場所は一つです」
俊樹が地図を指差した。
「
「翼徳(よくとく:張飛)か! あやつ、無事であったか!」
関羽の顔がほころぶ。
最強の武神と、最強の護衛、そして知恵者たちが一つになった。
一行は夜明けと共に、再会の地・古城へとひた走る。
だが、そこには最後の「誤解」という試練が待ち受けていた。
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