第38話 顔良・文醜斬り、別れの封書
曹操(そうそう)と袁紹(えんしょう)、二大群雄が激突する「白馬(はくば)の戦い」。
戦況は、曹操軍にとって不利なものとなっていた。
袁紹軍の先鋒大将・顔良(がんりょう)。
この猛将が異常に強かった。曹操軍の勇将たちが次々と挑むも、一合もしないうちに斬り伏せられていくのだ。
「ええい、顔良を止められる者はおらぬか! ソン・ケン(宋憲)、ギ・ゾク(魏続)も討たれるとは……!」
曹操が本陣で歯噛みする。
その時、客将として控えていた関羽(かんう)が、静かに進み出た。
「丞相(じょうしょう)。……某(それがし)が参りましょう」
「雲長か。だが、顔良は強いぞ」
「ふん。某の目から見れば、土鶏瓦犬(どけいがけん:土の鶏や瓦の犬=見かけ倒し)に過ぎませぬ」
関羽は不敵に笑うと、赤兎馬(せきとば)に跨った。
その体から放たれる闘気が、戦場の空気をビリビリと震わせる。
戦場の中央。顔良が勝ち誇って名乗りを上げている。
そこへ、一陣の赤い疾風が奔(はし)った。
「ぬっ? 何奴……!」
顔良が反応する暇もなかった。
赤兎馬の神速と、関羽の神力。
すれ違いざま、青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)が一閃。
ザンッ――!!
顔良の首が、噴水のような血と共に宙を舞った。
一撃必殺。
さらに、仇討ちに現れた袁紹軍もう一人の猛将・文醜(ぶんしゅう)に対しても、関羽は容赦なかった。
逃げる文醜の背後から追いつき、脳天から兜ごと叩き斬る。
「うおおおおッ! 関羽将軍、万歳!」
「軍神だ! 軍神がお味方してくださったぞ!
」
曹操軍の歓声が響き渡る。
関羽は血振るいをして刀を納め、静かに曹操の元へ戻った。
「丞相。……これで少しは、宿賃の代わりになりましたかな」
一方、袁紹軍の本陣。
顔良と文醜が討たれたことで、袁紹は激怒していた。
「おのれ、赤ら顔のヒゲ面……! まさか、劉備の義弟・関羽ではないか!? おい劉備! 貴様の差し金か!」
袁紹が剣を抜き、客将として身を寄せていた劉備に突きつける。
劉備は顔色を変えず、静かに答えた。
「お待ちください、明公(めいこう)。……天下に赤ら顔の男などごまんといます。それに、もし本当に関羽なら、私が手紙を書いて呼び寄せましょう。顔良・文醜を失っても、関羽を得ればお釣りが来ますぞ」
劉備の弁明により、袁紹は剣を収めた。
陣に戻った劉備は、震える手で筆を執った。
(やはり、生きていたか雲長……! 今すぐ私の居場所を知らせねば!)
劉備は密書を書き、信頼できる部下に託して、曹操軍の陣営へと走らせた。
その夜、関羽の天幕。
密使から手紙を受け取った関羽は、涙を流してそれを読んだ。
『我ら桃園に誓いし日を忘れたか。……私は今、袁紹の元にいる。もし義を重んじるなら、速やかに来るべし』
兄が生きていた。
関羽は手紙を懐にしまうと、すぐに立ち上がった。
「二人の義姉上! 兄者の居場所が分かりました! すぐに出立の準備を!」
翌朝。
関羽は曹操に別れを告げるため、丞相府(じょうしょうふ)を訪れた。
だが、門には「避客牌(ひかくはい)」――面会謝絶の札が掲げられていた。
「……なるほど。丞相は、俺が去るのを察して、会わぬつもりか」
会って引き止めれば、関羽の決心が鈍るかもしれない。あるいは、情が移って殺したくなるかもしれない。曹操なりの、不器用な愛情表現だった。
関羽は門に向かって一礼し、屋敷に戻った。
彼は、曹操から与えられた金銀財宝、絹織物などをすべて倉庫に納め、厳重に封印した。
そして、「漢寿亭侯(かんじゅていこう)」の印綬(いんじゅ)を机の上に置き、一通の手紙を残した。
『曹公(そうこう)の厚恩、骨に刻んで感謝いたします。しかし、桃園の誓いは何よりも重い。……顔良・文醜を斬って借りは返しました。これにて御免』
一切の財産を持ち出さず、ただ赤兎馬と青龍刀、そして劉備の妻子を乗せた馬車だけを連れて。
関羽は堂々と、曹操の領地から北へと歩き出した。
「……行ってしまったか」
報告を受けた曹操は、寂しげに空を見上げた。
側近が叫ぶ。
「殿! 今なら追いつけます! 殺して後顧の憂いを断つべきです!」
「ならん!」
曹操は一喝した。
「彼はおのれの主(あるじ)のために去ったのだ。……追ってはならん。むしろ、通行手形を持たぬ彼が関所で困らぬよう、手配をしてやれ」
だが、曹操の命令が各関所に届くには時間がかかる。
関羽の行く手には、功名心に駆られた曹操軍の守将たちが待ち構えている。
伝説の「単騎千里行(たんきせんりこう)」。
五つの関所を突破する、関羽の過酷な旅が始まった。
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