第37話 銀竜との再会、阿吽の呼吸
徐州からの脱出行は過酷を極めた。
俊樹、玲花、貂蝉の三人は、曹操軍の追撃を避けるため、街道を外れて険しい山道を北へと進んでいた。
目指すは、張飛が確保しているはずの「古城(こじょう)」。
「はぁ、はぁ……。二人とも、大丈夫か?」
「ええ、平気よ。私たち、人間よりタフだから」
「ですが、俊樹様がお疲れです。少し休みましょう」
三人が木陰で休息を取ろうとした時だった。
ガサガサッという音と共に、草むらから粗野な男たちが姿を現した。
黄巾の残党崩れの山賊たちだ。その数、およそ五十。
「ヒャハハ! 上等な着物を着た奴がいるぜ!」
「女が二人もいりゃあ、高く売れるぞ!」
下卑た視線が玲花と貂蝉を舐め回す。
俊樹は舌打ちをし、神剣の柄に手をかけた。
玲花と貂蝉も、瞬時に戦闘態勢に入り、その瞳が赤く輝きかける。
だが、俊樹は手でそれを制した。
「待て。……来るぞ」
俊樹の予知に近い勘が、強烈な「味方」の気配を捉えていた。
次の瞬間。
風を切り裂くような鋭い蹄の音が響いた。
「――我が道、塞ぐことまかりならん!」
涼やかな一喝と共に、白い閃光が山賊の群れを突き抜けた。
ヒュンッ! ズババババッ!!
銀色の槍が一閃するたびに、山賊たちが 木偶(でく)のように吹き飛ぶ。
「な、なんだコリャァ!?」
「ひ、一騎だぞ! 囲め囲めぇ!」
山賊たちが襲いかかるが、白馬の若武者は蝶のように舞い、蜂のように刺す。
その槍捌きは神速。
瞬く間に五十人の山賊は壊滅し、生き残った者は悲鳴を上げて逃げ散った。
静寂が戻った山道。
若武者は白馬を降り、槍を収めると、爽やかな笑顔で俊樹たちの方へ歩み寄ってきた。
身長八尺(約184cm)、端正な顔立ちに、誠実さを宿した瞳。
趙雲(ちょううん)子龍(しりゅう)である。
「……遅くなりました、俊樹殿」
「いや、最高のタイミングだ。待っていたよ、子龍(しりゅう)」
二人は駆け寄り、ガシッと固い握手を交わした。
初対面ではない。かつて劉備が公孫瓚(こうそんさん)の元に身を寄せていた頃、二人は共に戦場を駆けた旧知の仲だ。互いの実力と人柄を知り尽くしている。
「公孫瓚様が亡くなられた後、流浪の身となっておりましたが……劉備殿が袁紹の元におられると聞き、駆けつけた次第です」
「そうか。実は今、我々は散り散りになっていてね。……兄上は袁紹の元だが、俺たちは合流地点へ向かう途中なんだ」
俊樹が事情を説明すると、趙雲は深く頷き、玲花と貂蝉に丁寧にお辞儀をした。
「承知いたしました。……奥方様方の護衛、この趙子龍にお任せあれ。我が槍に懸けて、指一本触れさせませぬ」
「頼もしいわね。よろしく、趙雲さん」
「ふふ、噂に違わぬ美丈夫ですこと」
玲花と貂蝉も、この誠実な青年の加入を歓迎した。
俊樹は安堵の息を吐いた。
個の武力において最強クラスの趙雲が加われば、もはや山賊どころか正規軍が相手でも突破できる。
「行こう、子龍。……俺たちの新しい拠点へ」
「御意!」
白馬の銀竜を得て、俊樹たちの旅は盤石なものとなった。
一方、曹操の陣営。
客将として滞在する関羽の元へ、曹操が自ら訪れていた。
「雲長よ。昨日は美女を十人贈ったが、すべて奥方の侍女にしたそうだな」
「はい。兄者の奥方のお世話には、人手が必要ゆえ」
「金銀財宝も受け取らぬ。……つくづく欲のない男よ」
曹操は苦笑しながら、部下に一頭の馬を引かせた。
燃えるような赤毛。筋骨隆々たる巨体。
かつて呂布が愛馬とした名馬、「赤兎馬(せきとば)」である。
「これならどうだ? 呂布亡き後、乗り手がおらず寂しがっていた」
関羽の目がカッと見開かれた。
彼は馬に歩み寄ると、その体を優しく撫でた。赤兎馬もまた、関羽の武威を感じ取り、甘えるように鼻を鳴らした。
「……素晴らしい。これぞ天下一の名馬」
「気に入ったか! ならば貴殿にやろう!」
曹操が喜ぶと、関羽はその場に平伏して礼を言った。
「感謝いたします、丞相! この馬ならば、一日に千里を駆けることができます! 兄者の居場所が分かれば、一日で駆けつけることができましょう!」
「……あ、あぁ。そうか……」
曹操の笑顔が引きつる。
(しまった、藪蛇(やぶへび)だったか……)
恩を売って引き止めるつもりが、逆に「帰宅の足」をプレゼントしてしまったのだ。
だが、曹操はすぐに気を取り直し、豪快に笑った。
「よいよい! その一途さこそ関羽雲長よ! ……だがな、今はまだ行かせんぞ。袁紹との戦い、貴殿の武勇を見せてもらわねばな」
関羽は赤兎馬の手綱を握り締め、力強く頷いた。
「心得ております。……必ずや丞相への恩を返し、その後に堂々と去りましょう」
赤兎馬を手に入れた軍神・関羽。
そして、趙雲を手に入れた軍師・俊樹。
散り散りになった「劉備の翼」たちは、それぞれの場所で牙を研ぎ、再会の刻(とき)を待っていた。
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