第35話 発覚する陰謀、曹操激怒
劉備たちが許都を脱出し、徐州へ帰り着いたのとほぼ同時刻。
許都では、歴史を血で染める粛清の嵐が吹き荒れていた。
「――董承(とうしょう)一族、ならびに関係者全員、市中引き回しの上、斬首に処す!」
曹操の冷酷な命令が下された。
董承の屋敷から「衣帯詔(いたいしょう)」が発見されたわけではない。しかし、焦った董承がクーデターの準備を進めている動きを、曹操の諜報網が嗅ぎつけたのだ。
証拠など必要ない。疑わしきは罰する。それが曹操のやり方だ。
処刑場には、董承とその一族、そして計画に加担していた数名の高官の首が並んだ。
血の臭いが充満する中、曹操は報告に来た密偵を睨みつけた。
「……で? 劉備はどうした」
「は、はい。朱霊と路昭を置き去りにして、全速力で徐州へ逃げ込みました」
「逃げた、か」
曹操は、手にした報告書を握りつぶした。
署名こそなかったが、このタイミングでの逃亡は「私は黒です」と自白しているようなものだ。
曹操は口元を歪め、獰猛な笑みを浮かべた。
「カブ作りを楽しんでいた農夫が、一皮むけば狼だったというわけか。……見事だ、劉備玄徳。そして、あの軍師・佐藤俊樹」
曹操は立ち上がり、マントを翻した。
「全軍、出陣の準備をせよ! 徐州を攻め滅ぼし、劉備の首をあげる!」
側近の荀彧(じゅんいく)が慌てて進言する。
「お待ちください、殿! 北では袁紹(えんしょう)が数十万の大軍を集めております。今、徐州に主力を向ければ、背後を袁紹に突かれます!」
当時の情勢では、最大の敵は北の袁紹だ。常識で考えれば、小勢力の劉備にかまけている余裕はない。
だが、曹操は断言した。
「袁紹など、図体だけでかいだけの犬だ。吠えるだけで噛みついてはこぬ。……だが、劉備は違う。あれは『龍』だ。今ここで息の根を止めねば、将来必ず予の覇道を阻む最大の敵となる!」
曹操の勘は、恐ろしいほどに正鵠(せいこく)を射ていた。
こうして、曹操自らが率いる二十万の精鋭が、怒涛の勢いで徐州へと進撃を開始したのである。
徐州城、軍議の間。
もたらされた凶報に、劉備軍の武将たちは青ざめていた。
「そ、曹操本人が来るだと!? しかも二十万!?」
「袁紹との戦いを控えているはずなのに、なぜ俺たちなんかに本気を出すんだ!」
動揺が広がる中、俊樹は一人、静かに地図を見つめていた。
(やっぱり、歴史の修正力は絶対だ。曹操は来る。……そして、今の我々の戦力では、絶対に勝てない)
劉備軍は数万。しかも急造の兵が多い。対する曹操軍は歴戦の精鋭二十万。
まともにぶつかれば、すり潰されて終わる。
俊樹は顔を上げ、重い口を開いた。
「……皆さん。残酷なようですが、現実を言います。この戦、勝てません」
シン、と場が静まり返る。
張飛が机を叩いた。
「なんだと俊樹! 戦う前から負ける気かよ!」
「精神論で勝てる相手ではありません。……ここでの全滅を避けるためには、『負け方』を考える必要があります」
俊樹は劉備、関羽、張飛の三兄弟を見渡した。
「今回の目標は『勝利』ではなく『生存』です。……おそらく、乱戦になれば我々は散り散りになるでしょう。城も落ちます」
劉備が悲痛な表情で唇を噛む。
俊樹は言葉を続けた。
「ですが、生きてさえいれば再起できます。……もしバラバラになっても、決して死に急がないでください。特に、関羽殿」
「某(それがし)か?」
「はい。貴殿は義理堅い。もし兄上の妻子を守って孤立した時、玉砕を選ぼうとするかもしれない。……ですが、それは兄上が望むことではありません」
俊樹は、史実における「関羽の降伏(三つの条件)」への布石を打った。
「もし最悪の事態になったら、一時的に曹操に降ってでも、命と奥方様を守り抜いてください。そして、必ず生きて再会しましょう」
「……承知した。兄者の命と家族を守るためならば、泥水もすすろう」
関羽が重々しく頷く。
俊樹は最後に、再会場所となるキーワードを告げた。
「合言葉は『古城(こじょう)』。……はぐれたら、河北の古城を目指してください。そこで必ず落ち合いましょう」
軍議の後。
俊樹は自室に戻り、旅支度を整えていた。
そこへ、玲花と貂蝉が入ってくる。二人とも、すでに戦闘用の身支度を済ませていた。
「俊樹さん。……いよいよですね」
「ああ。ここからは地獄だ。……二人とも、怖いか?」
俊樹の問いに、玲花はフフッと笑い、貂蝉は妖艶に微笑んだ。
「まさか。貴方と一緒にいられるなら、地獄だってピクニックみたいなものよ」
「ええ。眷属となった今、私の命は貴方様のものですから。……たとえ離れ離れになっても、魂の繋がりは消えません」
気丈な二人の言葉に、俊樹の胸が熱くなる。
彼は荷物を置くと、二人を優しく抱き寄せた。
「ごめん。俺がもっと強ければ、こんな逃げるような真似はさせずに済んだのに」
「謝らないでください、俊樹さん。貴方は誰よりも考えて、私たちを守ってくれています」
「そうです。貴方様が諦めない限り、私たちは何度でも蘇り、何度でも敵を屠りましょう」
二人の体温と、甘い香りが俊樹を包む。
俊樹は二人の額に、誓いの口づけを落とした。
「……約束だ。もし戦場で逸れても、絶対に死ぬな。どんな手を使っても生き延びろ。俺が必ず迎えに行く」
「はい!」
「はい、我が愛しき主様」
その時、遠くで地鳴りのような音が響き始めた。
曹操軍の先鋒が到着したのだ。
空が黒い雲に覆われ、激しい雷雨が降り出した。
「行くぞ!」
俊樹は神剣『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』を腰に佩き、二人の妻と共に部屋を飛び出した。
劉備軍最大の試練。
敗走、離散、そして再生へと続く、長く苦しい旅が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。