第27話 江東の小覇王、孫策と周瑜
徐州に再び戦雲が垂れ込めた。
自らを皇帝と称した袁術(えんじゅつ)が、総勢二十万の大軍を動かしたのだ。
その狙いは二つ。
一つは、目障りな劉備が治める「徐州」。
そしてもう一つは、長江の南に広がる豊かな地、「江東(こうとう)」である。
「二十万か……。数は多いが、実態は農民を無理やり駆り出した烏合の衆だ」
徐州の軍議で、俊樹は冷徹に分析した。
だが、数は暴力だ。まともにぶつかれば消耗戦は避けられない。
「兄上。袁術軍の主力がこちらに向かっている間に、我々は南へ兵を動かし、江東の勢力と連携すべきです」
「江東? あそこは今、袁術の支配下にあるのではないか?」
劉備の問いに、俊樹はニヤリと笑った。
「ええ。ですが、袁術の『皇帝即位』に反発し、独立しようとしている若き虎がいます。……彼と手を組みましょう」
長江のほとり、牛渚(ぎゅうしょ)の戦場。
袁術軍の別動隊三万に対し、わずか数千の兵で果敢に挑む一団がいた。
その先頭を駆けるのは、燃えるような闘気を纏った一人の若武者だ。
「どけえぇぇぇッ!! 俺の覇道の邪魔をするなァ!」
ドゴォォォォンッ!!
彼が槍を一振りするだけで、袁術軍の兵士が十人単位で吹き飛ぶ。
圧倒的な身体能力。そして、見る者を奮い立たせるカリスマ性。
かつての覇王・項羽(こうう)になぞらえ、『小覇王(しょうはおう)』と恐れられる男、孫策(そんさく)伯符(はくふ)である。
「孫策様、突出されすぎです! 陣形が崩れます!」
後方から涼やかな声で諌めるのは、希代の美青年軍師・周瑜(しゅうゆ)公瑾(こうきん)。
孫策は豪快に笑い飛ばした。
「ガハハ! 心配するな公瑾(こうきん)! 俺の後ろはお前が守ってくれるんだろ!」
「……まったく。貴方という人は」
周瑜は呆れながらも、完璧な采配で孫策の背後をカバーし、敵を翻弄していく。
だが、多勢に無勢。
袁術軍は次から次へと新手を繰り出し、孫策軍を包囲しようとしていた。
「チッ、湧いてきやがる! ……おい公瑾、そろそろ限界か?」
「いえ。……見てください、北の空を」
周瑜が指差した先。
突如として黒い雲が渦巻き、青白い雷光が走った。
ズドンッ!!
バリバリバリバリッ!!
袁術軍の側面に雷が落ち、爆風が敵陣を切り裂いた。
混乱する敵兵の中に、劉備軍の旗印が翻る。
「待たせたな、江東の虎!」
雷光の中から現れたのは、神剣『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』を携えた俊樹と、劉備軍の精鋭たちだった。
「おお! ありゃあ噂の『雷神』か! 面白ぇ!」
孫策は目を輝かせ、あろうことか敵将を放置して俊樹の方へ馬を寄せた。
「おいアンタ! 強いな! 俺とどっちが強い?」
「挨拶より先に喧嘩を売るのか? ……まあ、嫌いじゃないけどな」
俊樹は苦笑しつつ、剣を構えた。
孫策の槍と、俊樹の剣が交錯する。
ガキンッ!!
火花が散る。
だが、それは殺し合いではなく、互いの力量を測る挨拶(スキンシップ)だった。
一合で、二人は理解し合った。
「へへっ、いい腕だ! 気に入った! 俺は孫策伯符! アンタの名は?」
「佐藤俊樹。劉備玄徳の軍師だ」
「よし俊樹! 今から俺たちはダチだ! 背中を預けるから、あの鬱陶しい袁術軍を蹴散らしてくれ!」
「調子のいい奴だな……。わかった、合わせてやる!」
俊樹の『暴風』と、孫策の『剛力』。
二つの嵐が合体し、戦場を蹂躙した。
袁術軍の将軍は、わけもわからぬまま吹き飛ばされ、あえなく敗走していった。
*
戦闘後の野営地。
劉備軍と孫策軍は、焚き火を囲んで勝利の宴を開いていた。
「ガハハハ! 痛快だ! あの劉備殿と同盟を結べるとはな!」
孫策は劉備の肩をバンバン叩き、酒を酌み交わしている。
その横で、俊樹は周瑜と向かい合っていた。
「……噂以上の力ですね。天候を操り、個の武力も孫策に匹敵する。正直、敵には回したくない」
周瑜の瞳は理知的で、冷徹に俊樹を観察している。
俊樹は肩をすくめた。
「味方でいる限りは頼もしいだろ? 共通の敵は袁術だ。ここは協力しよう」
「ええ。我々も、あの偽皇帝の下につくつもりはありませんから」
同盟は成立した。
その実務的な取り決め――兵糧の補給路や、連携の合図などをまとめていたのは、貂蝉(ちょうせん)だった。
「では、こちらの補給線は我が軍が確保します。周瑜様は、水軍の配置をお願いできますか?」
「ほう……見事な手配だ。貴女のような才媛がいるとは、劉備軍は層が厚い」
周瑜に褒められ、貂蝉は気丈に微笑んだ。
だが、その顔色は白蝋(はくろう)のように青白かった。
「恐縮です。……では、次の書類を……」
貂蝉が立ち上がろうとした瞬間、その体がふらりと傾いた。
「っと、危ない!」
俊樹がとっさに抱き留める。
貂蝉の体は驚くほど軽く、そして熱かった。
「おい、すごい熱じゃないか! なぜ言わなかった!」
「も、申し訳ありません……。これしきのことで、俊樹様のお手を煩わせるわけには……」
貂蝉は荒い息を吐きながら、必死に俊樹の腕から抜け出そうとする。
「私は……役に立たなければ……。ただ守られるだけの女では、貴方様の隣にいる資格が……」
「馬鹿野郎!」
俊樹は貂蝉を強く抱きしめた。
「資格なんて俺が決める! 倒れるまで無理をするのが君の役目か!? 俺が頼りにしているのは、君の知恵であって、君の犠牲じゃない!」
俊樹の剣幕に、貂蝉はビクリと震え、瞳から涙をこぼした。
「ですが……悔しいのです。玲花お姉様や、孫策様のように……私は戦えません。人間の体は、あまりに脆くて、不便で……」
その言葉には、昨日俊樹に拒絶(延期)された「眷属化」への渇望が滲んでいた。
人間である限り、俊樹と同じ景色を見ることはできない。足手まといになるだけだという強烈な劣等感。
俊樹は痛ましげに顔を歪め、貂蝉を横抱きにした。
「……寝ていろ。これは命令だ」
俊樹は貂蝉を天幕へと運んでいく。
その背中を、孫策と周瑜は複雑な表情で見送った。
「……色男も大変だな」
「ええ。ですが、あの女性……危ういですね。主君への想いが強すぎて、いつか壊れてしまいそうだ」
周瑜の呟きは、不吉な予言のように夜風に溶けていった。
そして翌日。
袁術から、同盟軍を激震させる卑劣な通告が届くことになる。
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