第24話 神VS覇王、知略の攻防
趙雲の参戦によって、曹操軍の猛攻は一時的に食い止められた。
だが、戦況が好転したわけではない。
曹操軍の兵力は依然として数万。対する徐州軍は、度重なる戦闘と精神的疲労で限界に近かった。
膠着状態が続くある日の午後。
曹操軍の陣が割れ、豪奢な馬車ではなく、一騎の黒馬が進み出てきた。
その背に乗る男の姿を見た瞬間、戦場の空気が張り詰めた。
曹操孟徳(そうそうもうとく)。
稀代の覇王が、自ら最前線に姿を現したのだ。
彼は城壁の上に立つ俊樹を見上げると、声を張り上げるでもなく、しかしよく通る声で語りかけた。
「……久しぶりだな、佐藤俊樹」
「ああ。こんな形で再会したくはなかったけどな、曹操殿」
俊樹は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を突きつけることなく、静かに応じた。
曹操は薄く笑った。
「貴様の力は、やはり人の枠を超えている。呂布を討ち、我が軍の精鋭を押し返すその武勇……惜しい。実に惜しい」
曹操が右手を差し出した。
「どうだ、俊樹。今からでも遅くはない。劉備ごときを捨てて、余の元へ来い。貴様が欲しがっていた『民の安寧』、余の覇道ならば最も早く実現できるぞ」
魅力的な提案だ。
史実を知る俊樹だからこそ、曹操の統治能力の高さは理解している。彼についても、乱世は早く終わるかもしれない。
だが。
「……断る」
俊樹は即答した。
「あんたの能力は認める。だが、そのやり方は認められない。復讐と称して罪のない民を虐殺し、恐怖で支配する王に、僕は仕える気はない」
「恐怖こそが秩序を生むのだ。甘いな、俊樹」
「甘くて結構。僕は、その甘さを捨てずに勝つ道を行く」
視線が交錯する。
一瞬の静寂の後、曹操はふっと笑いを消し、冷徹な覇王の顔に戻った。
「交渉決裂か。……ならば死ね。神の力ごと、この徐州の大地と共に」
曹操が馬首を返して去っていく。
それと同時に、空が急速に曇り始めた。
その夜、激しい豪雨が徐州を襲った。
視界が効かないほどの雨。城壁の上で警戒していた俊樹の脳裏に、強烈な警報が鳴り響いた。
――権能『オモイカネ(知恵の神)』・危険感知。
(なんだ……? 敵の気配じゃない。もっと巨大な、自然のエネルギーが迫っている?)
俊樹は暗闇の向こう、城の近くを流れる「泗水(しすい)」の方角を睨んだ。
「まさか……!」
曹操軍の本陣。
病弱そうな顔色の悪い青年軍師――郭嘉(かくか)奉孝(ほうこう)が、口元を布で覆いながら、冷ややかに指示を出していた。
「人の力で勝てぬなら、自然の猛威を使えばいい。……堤防を切れ。徐州城を水底に沈めてやれ」
ドォォォォォォ……!!
地鳴りのような音が響く。
曹操軍が上流の堤防を決壊させたのだ。
溢れ出した濁流は、豪雨によって水量を増し、巨大な鉄槌となって徐州城へ向かっていた。
「み、水攻めだァァァ!!」
見張りの兵が絶叫する。
逃げ場はない。城壁は水を防ぐようには作られていない。このままでは城内に水が流れ込み、民も兵も溺死する。
「なんてことだ……! これが曹操のやり方か!」
劉備が呆然とする中、俊樹は城壁の最上段へと駆け上がった。
「皆、高台へ避難しろ! 僕がなんとかする!」
「俊樹殿!? 水を相手にどうするつもりだ!?」
趙雲が叫ぶ。
俊樹は答えず、迫りくる巨大な津波のような濁流を見据えた。
郭嘉の策は完璧だ。人間相手なら、これで詰みだ。
だが――相手が悪かった。
(水攻めか。いい手だ。……だが、こっちは嵐の神がついているんだよ!)
俊樹は天叢雲剣を抜き放ち、天へと掲げた。
胸元の勾玉が、焼き切れるほどの熱を発する。
――権能解放。『スサノオ(暴風の神)』・最大出力。
――神技『天風・逆巻(さかまき)』!!
「戻れェェェェッ!!」
ゴオオオオオオオオッ!!!!!
俊樹の剣から、目に見えるほどの超高密度の「風の壁」が放たれた。
それは城壁の前面に展開され、押し寄せる濁流と正面衝突した。
バシャアアアアアンッ!!
水と風の激突。
数千トンの水圧を、暴風が無理やり押し留める。
俊樹の血管が浮き上がり、鼻から血が垂れる。
「ぐぅぅ……ッ! まだだ、止めるだけじゃ足りない……!」
俊樹はさらに魔力を込める。
風の角度を変える。押し留めた水を、斜め方向――曹操軍が布陣している低地へと誘導する。
「曹操ォ! お前が放った水だ! お前らが飲めぇぇぇッ!!」
俊樹が剣を振り下ろす。
暴風が竜巻となって水を巻き上げ、軌道を強引にねじ曲げた。
濁流は徐州城を避けるように蛇行し、あろうことか、高見の見物をしていた曹操軍の陣地へと逆流していった。
「な……!?」
郭嘉が初めて目を見開いた。
計算外。ありえない。
川の流れが、物理法則を無視してこちらへ向かってくる。
「水が来るぞォォ! 退避ッ! 退避しろォ!」
曹操軍は大混乱に陥った。
準備していた攻城兵器が流され、兵糧が水浸しになる。
兵士たちは腰まで水に浸かり、戦うどころではなくなった。
高台の本陣で、曹操はずぶ濡れになりながら、その光景を見ていた。
怒り?
いや、彼は震えていた。歓喜で。
「ハハ……ハハハハハハ!」
曹操は狂ったように笑った。
「見たか郭嘉! 天候すら操るか! あの男は、天災そのものではないか!」
「……殿。もはやこれ以上の戦闘は不可能です。兵糧も濡れ、兵の士気も崩壊しました」
郭嘉が悔しげに唇を噛む。
完全な敗北だった。知略の限りを尽くした策が、理不尽な力によって粉砕されたのだ。
「分かっておる。……全軍、撤退せよ!」
曹操は城壁の上でふらついている俊樹を、熱のこもった瞳で見つめた。
「佐藤俊樹……。貴様は必ず手に入れる。天が与えたもうた至宝、余が飼い慣らさずして誰がやる」
水が引いていく。
城壁の上で、俊樹は膝をついた。
限界だった。神の力とはいえ、自然災害そのものをねじ伏せるのは負担が大きすぎる。
「俊樹さん!」
玲花が俊樹を抱き留める。
貂蝉がハンカチで俊樹の鼻血を拭い、趙雲が感嘆の声を漏らす。
「まさに神業……。貴方こそが、真の守護神です」
遠ざかっていく曹操軍の背中を見ながら、俊樹は薄れゆく意識の中で思った。
(勝った……のか? いや、追い返しただけだ。あの男は、必ずまた来る)
だが、今は徐州の民を守れた。
その安堵と共に、俊樹は深い眠りへと落ちていった。
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