第21話 仁君・陶謙と徐州の危機


虎牢関での激闘から数ヶ月。


 劉備一行は、徐州(じょしゅう)の太守・陶謙(とうけん)の招きを受け、東へと進んでいた。

​ 徐州は豊かだった。


 戦火に焼かれた洛陽周辺とは異なり、田畑は実り、市場には活気が溢れている。しかし、その平和な風景の裏で、太守の陶謙は老いと病に蝕まれていた。


​「よくぞ……よくぞ参られた、劉備殿」


​ 徐州城の大広間。


 病床から起き上がった陶謙は、劉備の手を震える手で握りしめた。


​「私はもう長くはない。この豊かな徐州を、虎視眈々と狙う盗賊や野心家たちから守る力もないのです。……劉備殿、貴殿の仁義の心は聞き及んでおります。どうか、私の代わりにこの徐州を治めてはくださらぬか?」


​ いきなりの国譲りの申し出。


 並の群雄なら涎(よだれ)を垂らして飛びつく話だが、劉備は慌てて首を横に振った。


​「滅相もございません! 私ごとき新参者が、そのような大任をお受けすることはできません。我々はあくまで、陶謙殿をお助けするために参ったのです」


​ 劉備の謙虚さは本心からのものだった。だが、それが周囲の誤解を生むことにもなる。

​                

​ その夜、劉備たちを歓迎する宴が開かれた。


 集まったのは徐州の有力な豪族や文官たち。彼らの視線は、冷ややかだった。


​「ふん、劉備とやら。聞けば筵(むしろ)売りの出身だとか」


「黄巾討伐で名を上げたというが、所詮は田舎の義勇軍だろう? この格式ある徐州を任せるには、家柄が低すぎる」


​ 酒が入るにつれ、豪族たちの陰口は大きくなる。

 曹豹(そうひょう)という武官に至っては、あからさまに劉備を嘲笑した。


​「おい、そこの。酒が空いたぞ。酌をしろ」


​ 曹豹が空の盃を劉備に突き出す。主賓に対する無礼極まりない態度だ。


 張飛が顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。


​「てめぇら……!」


「待て、益徳(えきとく)」


​ 劉備が張飛を制し、黙って酌をしようとした、その時だった。


​「――おやめください、玄徳様」


​ 凛とした声が響き渡った。


 劉備の背後から、一人の美女が静かに歩み出た。


 貂蝉(ちょうせん)である。


 その絶世の美貌に、騒がしかった会場が水を打ったように静まり返る。


​「……なんだ、この女は?」


「天女か?」


​ 貂蝉は優雅な所作で曹豹の前に立つと、冷ややかな微笑を浮かべた。


​「貴方様は、英雄の価値を『家柄』でしか測れないのですか? 天下を乱した名門・袁紹や、皇帝を蔑ろにした董卓。彼らは皆、高い地位にありましたが、民を救いましたか?」


​「な、なんだと小娘……!」


​「我が主・劉備玄徳は、身分こそ低けれど、その剣で魔王・董卓の野望を挫き、あの鬼神・呂布を討ち果たした英傑です。その武勇と仁徳は、腐った名門の看板よりも遥かに尊いもの。……酌を受けるべきは、貴方様の方ではなくて?」


​ 貂蝉の言葉は、理路整然としており、反論の余地を与えなかった。


 何より、その堂々たる態度は、かつて宮廷で磨かれた本物の気品に満ちていた。


​「ぐ、ぐぬぬ……」


​ 曹豹は顔を真っ赤にして黙り込んだ。


 他の豪族たちも、この美しい才女の迫力に気圧され、劉備を見る目を変えざるを得なかった。


​ 俊樹は後ろで腕を組み、感心していた。


(やるな、貂蝉。ただ守られるだけの姫じゃない。彼女は最強の『外交官』だ)


​ 隣で玲花も鼻高々に胸を張る。


「ふふ、私の妹分だもの。あれくらい当然よ」

​                *

​ その時、城外からけたたましい銅鑼(ドラ)の音が鳴り響いた。


​「て、敵襲ーッ!! 黄巾の残党、数千が城門に殺到しています!」


​ 伝令兵が転がり込んでくる。


 宴の空気は一変し、豪族たちはパニックに陥った。

​「な、なんだと!? 私兵を出せ!」


「だめです、敵の勢いが強すぎて城門が破られそうです!」


「おわりだ……略奪される……!」


​ 逃げ惑う徐州の官吏たち。



 その中で、劉備だけが静かに立ち上がった。


​「慌てるな! 私が兵を率いて撃退する。……雲長、益徳、俊樹、行くぞ!」


「「「おう!」」」


​ 劉備たちは即座に宴席を離れ、戦場へと向かった。

​                

​ 城門前は地獄絵図だった。


 黄巾の残党たちが城門を破壊し、雪崩れ込もうとしている。


​「ヒャッハー! 金も女も奪い放題だぜぇ!」


​ 賊徒の数は五千。対する徐州の守備兵は怯えて逃げ腰だ。


 そこへ、赤き雷鳴が走った。


​「――土鶏瓦犬(どけいがけん:役に立たない偽物)どもが。我が主の宴を邪魔するか」


 長い髭をなびかせ、青龍偃月刀を構えた関羽雲長が城壁を飛び越えて戦場のど真ん中に着地した


「死ねぇ!」


​ 賊が槍を突き出すが、関羽は片手で偃月刀を旋回させただけ。


 銀色の暴風が吹き荒れ、数十人の賊が上半身を飛ばされた。


​「軍神・関羽雲長ここにあり! 命の要らぬ者は前に出よ!」


​ その圧倒的な武威に、賊の足が止まる。


 さらに、城壁の上から俊樹が手をかざした。


​ ――権能解放。『スサノオ(暴風)』・局所展開。


 ――神剣・天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、抜刀。


​「消えろ」


​ 俊樹が剣を一閃させると、真空の刃(カマイタチ)が発生し、数百メートルにわたって地面が裂け、賊の集団が吹き飛ばされた。


​「ぎゃああああ!?」


「か、神だ! 雷神がいるぞ!」


​ 関羽の武と、俊樹の神技。


 たった数分の蹂躙劇だった。


 五千の賊は、恐怖のあまり武器を捨てて敗走していった。

​                

​ 翌朝。


 城門の前には、歓喜する徐州の民と、平伏する豪族たちの姿があった。


​「あの方々こそ、真の英雄だ……!」


「劉備様万歳!」


​ もはや、劉備の家柄を馬鹿にする者は一人もいなかった。


 陶謙は涙を流して感謝し、貂蝉の知性と俊樹たちの武力によって、劉備は徐州の実質的な指導者として受け入れられたのである。


​ だが、この平穏は長くは続かない。


 西の空が、不気味に赤く染まっていた。


 復讐に燃える覇王・曹操の軍靴の音が、刻一刻と迫っていたのである。

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