第20話 最強の死、そして群雄割拠へ


​ 呂布奉先(りょふほうせん)の巨体が地に伏した瞬間、虎牢関(ころうかん)を包んでいた異様な重圧が霧散した。


 後に残ったのは、鼻をつく血の匂いと、勝利の熱気、そして――英雄たちの醜い欲望だった。


​「おお! 見ろ! あれが呂布の愛馬、赤兎馬(せきとば)か!」


「あの方天画戟(ほうてんがげき)は俺がもらうぞ!」


「待て待て! 董卓(とうたく)の首を検分するのが先だ! 一番の手柄は盟主であるこの袁紹(えんしょう)のものだ!」


「ふざけるな! どさくさに紛れて出てきたくせに!」


​ 呂布が死ぬや否や、後方に隠れていた諸侯たちが我先にと雪崩れ込んできた。


 彼らは命がけで戦った劉備や俊樹たちを労うどころか、押しのけて戦利品を漁り始めたのだ。


袁術(えんじゅつ)が、地面に転がっている『方天画戟(ほうてんがげき)』を拾い上げようとする。


 だが、その伝説の武器は、俊樹の天叢雲剣によって無惨にも真っ二つに断ち切られ、ただの鉄屑と化していた。


​「チッ、なんだ壊れているのか! 使えん!」


​ 袁術は画戟を蹴り飛ばし、今度は兵士たちと共に呂布の遺体を取り囲む。


​「ふん、化け物が。死んでしまえばただの肉塊よ。おい、その首を切り落とせ! 都大路に晒してやる!」


「へへっ、身ぐるみ剥いでしまいましょう!」


​ 袁術が呂布の亡骸を足蹴にし、兵士たちが剣を振り上げたその時。


​「――失せろ、ハイエナどもッ!!」


​ ゴロゴロォッ……!!


​ 雷鳴のような怒号が轟き、袁術たちの鼓膜を震わせた。


 俊樹だった。


 彼は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を構え、袁術たちに切っ先を突きつけていた。その全身からは、呂布を倒した直後の凄まじい「神気」が立ち上っている。


​「ひっ!? な、なんだ貴様! 私は名門・袁家の……」


「関係ない。……確かにこいつは魔王だった。多くの人を殺した獣だ。だが、最期まで戦士として戦い、死んだ。それを、戦いもしなかった連中が土足で踏み躙(にじ)ることは許さん」


​ 俊樹の静かだが絶対的な威圧感に、袁術たちは後ずさる。


 そこへ、劉備が静かに歩み寄り、俊樹の隣に立った。


​「俊樹の言う通りだ。死者に鞭打つは、人の道に反する。……この者は、我らが弔う」


「けっ、俺たちを散々苦しめやがったが、強い奴だったのは間違いねぇ。コソ泥に弄ばれるよりはマシだ」


「うむ。武人としての敬意を払おう」


​ 張飛と関羽も、仁王立ちして袁術たちを睨みつける。


 さらに、馬上の曹操孟徳(そうそうもうとく)もまた、冷ややかな視線を袁術に向けた。


​「袁術殿。みっともない真似はやめられよ。……彼らは魔王・董卓(とうたく)を討った功労者でもある。その死を汚せば、天下の笑い者になるぞ」


「ぐぬぬ……! 曹操、貴様まで!」


​ 最強の勝者たちと曹操に睨まれ、袁術は顔を真っ赤にして捨て台詞を吐いた。


​「ふん! 勝手にしろ! 誰があんな野蛮人を拝むものか!」


​ 袁術たちが去っていくと、俊樹はふぅと息を吐き、剣を収めた。


 そして、劉備たちと共に、呂布の遺体を丁重に埋葬し、簡易的な墓を作って手を合わせた。


​ 騒動が落ち着いた頃、劉備のもとに、旧友である公孫瓚(こうそんさん)がやってきた。


 白馬義従(はくばぎじゅう)と呼ばれる精鋭部隊を率いる彼だが、今回の戦いでは呂布の前に多くの部下を失っていた。


​「玄徳か。……いやはや、お前の義弟たちと、あの軍師殿には助けられた。彼らがいなければ、私も死んでいた」


「無事で何よりです、伯珪(はくけい:公孫瓚の字)殿」


​ 公孫瓚の後ろに、一人の若武者が控えているのが俊樹の目に入った。


 整った顔立ちに、涼やかな瞳。まだ若いが、その身に纏う「気」は只者ではない。


 彼は劉備を見ると、深く一礼した。


​「お初にお目にかかります。公孫瓚様の配下、常山(じょうざん)の趙雲(ちょううん)、字(あざな)を子龍(しりゅう)と申します」


​ 趙雲子龍。


 その名を聞いた瞬間、俊樹の心拍数が再び跳ね上がった。


​「劉備殿の義勇兵としての戦いぶり、そして先ほど、敵将を手厚く葬られたその仁義の心……感服いたしました」


「趙雲殿……」


「私の両親は、故郷で董卓軍の略奪に遭い、殺されました。今日、董卓と呂布が討たれたこと、草葉の陰で両親も喜んでいることでしょう」


​ 趙雲は悔しさと感謝が入り混じった表情で語る。

 劉備は趙雲の手を強く握りしめた。


​「そうでしたか……。貴殿のような義士が苦しむ世の中、私が必ず変えてみせます」


「……はい。劉備殿のようなお方が、真の英雄なのかもしれません」


​ 趙雲の瞳に、劉備への憧憬の光が灯る。


 今はまだ主従ではない。だが、運命の糸は確かに繋がった。


 俊樹は心の中でガッツポーズをした。


 (よし、フラグは立った。いずれ必ず引き抜くぞ)

​                

​ その日のうちに、劉備軍は欲望渦巻く連合軍を離脱した。


 夕日が沈む荒野で、一行は小休止をとった。


​ 俊樹は神剣『天叢雲剣』を虚空へと収納し、一息ついた。


 少し離れた場所に、貂蝉(ちょうせん)が立っていた。


 彼女はもう、誰の道具でもない。しかし、俊樹との間にはまだ一定の距離があった。


 彼女は深々と頭を下げた。


​「俊樹様。……本当に、ありがとうございました。貴方様のおかげで、私は人としての尊厳を取り戻せました」


「礼には及びません。君が勇気を出して、僕たちを信じてくれた。だから守れたんです」


​ 俊樹は微笑んだが、決して馴れ馴れしくはしなかった。触れることもない。


 玲花という絶対的なパートナーがいる手前、そして何より、傷ついた彼女の心に土足で踏み込むような真似はしたくなかったからだ。


​「貂蝉。これからは君の知恵を貸してください。僕たちは力尽くの解決しかできないことが多い。君のような聡明な人が必要です」


「はい……! 私にできることなら、命に代えても」


​ 貂蝉は顔を上げ、決意に満ちた瞳で俊樹を見つめた。


 それは恋慕というよりは、命の恩人に対する崇拝と忠誠に近い。


 玲花が後ろから歩み寄り、貂蝉の肩を抱いた。


​「よかったわね、貂蝉。これからは私たち『家族』よ。……でも、俊樹さんに色目を使ったら、その時はわかってるわよね?」


「ふふ、肝に銘じます。お姉様」


​ 二人の美女が微笑み合う。


 俊樹は苦笑いしながら、劉備たちの方へ向き直った。


​「さて、兄上。ここからが正念場です」


「うむ。董卓が死に、世は乱れるだろう。我らはどこへ向かう?」


「東へ。徐州(じょしゅう)に行きましょう。あそこの陶謙(とうけん)という太守は仁義に厚い。きっと兄上を歓迎してくれるはずです」


​ 赤兎馬に跨った関羽が髭を撫で、張飛が蛇矛を担ぐ。


 最強の布陣が整った。


​「よし、出発だ!」


​ 劉備の号令と共に、一行は新たな地平へと歩き出した。


 董卓と呂布なき世界。


 それは史実よりも混沌とし、より強力な群雄たちが牙を剥く世界だ。

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