第18話 狂乱の虎牢関、魔王殺し
虎牢関(ころうかん)。
洛陽への最後の砦であるこの地には、歴史上類を見ないほどの殺気が渦巻いていた。
対峙するのは、数十万の反董卓連合軍。
そして、関門の前に布陣する、董卓軍の精鋭部隊。
その最前線に、一人の男がいた。
燃えるような赤毛の名馬『赤兎馬(せきとば)』に跨り、天をも貫くような巨大な方天画戟(ほうてんがげき)を片手で握る。
頭には三叉の束髪紫金冠(そくはつしきんかん)。
呂布奉先。
ただそこにいるだけで、空間が歪むほどの威圧感(プレッシャー)。
連合軍の兵士たちは、彼の姿を見ただけで震え上がり、誰も前に出ようとはしなかった。
「……あれが、呂布か」
陣の最前列で、俊樹は冷や汗が頬を伝うのを感じた。
『オモイカネ』の分析が、脳内で警告音を鳴らし続けている。
『測定不能』。
権能を持たないただの人間が、純粋な「武」の極致によって、神の領域に足を突っ込んでいる。
「ひっ……!」
俊樹の背後で、玲花に守られていた貂蝉が小さく悲鳴を上げた。
その声は、喧騒の戦場では聞こえるはずもない小さなものだった。
だが、鬼神の聴覚はそれを捉えた。
ギロリ。
呂布の視線が、正確に俊樹たちの方へ向けられた。
そして、俊樹の背中に隠れる貂蝉の姿を捉えた瞬間、呂布の顔から表情が消えた。
「……おい」
地響きのような声。
「なぜ、俺の貂蝉がそこにいる?」
呂布の全身から、ドス黒いオーラが噴き出した。
愛欲、執着、独占欲。それらが裏切られたことによる、爆発的な怒り。
「貴様らか……。俺の女を盗んだコソ泥はァァァ!!!」
ドォォォン!!
呂布が赤兎馬の腹を蹴ると、赤い流星となって突っ込んできた。
部下の号令も、陣形も無視。ただ一直線に、俊樹の首を狙って。
「来るぞ! 迎撃せよ!」
袁紹が慌てて叫ぶ。
連合軍の武将、方悦(ほうえつ)や穆順(ぼくじゅん)が功を焦って飛び出す。
「呂布、覚悟!」
だが、勝負にならなかった。
呂布は視線すら向けず、画戟を一閃させただけ。
それだけで、武将たちは馬ごと真っ二つにされ、肉塊となって空を舞った。
「雑魚が! 邪魔だァァァ!」
ゴミを払うような一撃で、数十人の兵士が吹き飛ぶ。
人間など、彼にとっては枯れ木と同じだった。
「なんという強さだ……!」
曹操ですら絶句する。
俊樹は舌打ちした。これは戦争ではない。災害だ。
その時、後方の城壁の上から、肥満体の男――董卓が身を乗り出して叫んだ。
『おい呂布! 何をしておる! 勝手に突出するな! 一旦戻れ!』
董卓にしてみれば、貴重な戦力である呂布を無駄に消耗させたくない。
撤退の合図である銅鑼(ドラ)が、ジャーン、ジャーンと鳴り響いた。
ピタリ。
呂布の動きが止まった。
彼はゆっくりと、城壁の上の董卓を見上げた。その瞳は、完全に理性のタガが外れ、狂気に染まっていた。
「……あ?」
呂布は、目の前に愛しい貂蝉がいるのに、それを邪魔されたことに耐えられなかった。
頭の中で何かが切れる音がした。
「うるさいんだよ、豚」
呂布は俊樹たちに背を向け、あろうことか自軍である城壁に向かって赤兎馬を走らせた。
そして、信じられない跳躍力で城壁の低い部分に飛び乗ると、そのまま董卓のいる本陣へとなだれ込んだ。
『な、何をしておる呂布! 狂ったか!?』
董卓が悲鳴を上げる。
呂布は無表情で、父親代わりであり主君である董卓を見下ろした。
「貂蝉を取り戻すのに、お前の命令はいらない。……邪魔だ、消えろ」
ヒュン。
風切り音と共に、方天画戟が閃いた。
『あ……』
董卓の肥満体が、斜めにずれた。
大量の脂と血を撒き散らしながら、暴君の首がゴロリと石畳に落ちる。
一瞬の静寂。
そして、董卓軍、連合軍双方から、悲鳴とも歓声ともつかぬ絶叫が上がった。
「り、呂布が……董卓様を殺したぞおおお!!」
「裏切りだ! 下剋上だ!」
歴史的大事件。
だが、呂布にとってはどうでもいいことだった。
彼は血塗れの画戟を振るい、董卓の側近たち(李儒など)もついでとばかりに撫で斬りにした。
そして、再び戦場に向き直り、切っ先を俊樹へと突きつけた。
「これで邪魔者はいなくなった」
呂布の口元が、三日月のように裂けた。
それは恋に狂った修羅の笑み。
「さあ、返してもらおうか。俺の貂蝉を。……断れば、この場の人間全員、肉のミンチにしてやる」
殺意の波動が、物理的な風となって俊樹たちを打つ。
震える貂蝉を、俊樹は背中に庇い、一歩前に出た。
「断る。彼女はモノじゃない。彼女自身の意志で、俺を選んだんだ」
「ほざくなァァァ!!」
交渉決裂。
魔王・董卓を殺し、新たな、そして最悪の魔王となった呂布が、全ての怒りを込めて襲いかかる。
「玲花、兄上たち! 総力戦だ! 死ぬ気で止めろ!」
俊樹が叫ぶと同時に、赤き雷神・呂布と、異界の神々・俊樹たちの、歴史を変える死闘の幕が切って落とされた。
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