第10話 勝利の美酒と夜の熱
五万の黄巾賊を壊滅させたという報は、早馬よりも速く涿郡(たくぐん)中に駆け巡った。
夕刻、凱旋した劉備義勇軍を迎えたのは、城門を埋め尽くすほどの歓声だった。
「見ろ! あれが劉備様だ!」
「関羽様と張飛様が一騎打ちで敵将を討ち取ったそうだぞ!」
「いや、それよりもあの若者だ! 天から雷を落として、賊を一瞬で焼き払ったって話だぞ!」
沿道の人々が、英雄たちに花や酒を投げ入れる。
特に俊樹に向けられる視線は、尊敬を超えて「信仰」に近いものになっていた。
雷を操る神の化身。
その噂は、俊樹にとって都合の良い威圧感(ブランド)となっていた。
その夜。
太守から提供された宿舎の大広間では、盛大な祝勝会が開かれていた。
「ガハハ! 飲め飲めぇ! 今日は祝い酒だ!」
張飛が甕(かめ)ごと酒をあおり、関羽も顔をさらに赤くして杯を重ねている。
劉備は多くの村人や兵士に囲まれ、涙ながらに感謝の言葉を述べていた。
そんな喧騒から少し離れたバルコニーで、俊樹は夜風に当たっていた。
酔いは回っているが、頭は冷えている。
今日の戦いで、自分たちの武名は轟いた。だが、これはまだ序章に過ぎない。
「……俊樹さん」
背後から、鈴を転がすような声がした。
振り返ると、玲花が盆に酒器を乗せて立っていた。
桃色の着物は少し着崩れ、うなじが白く月光に映えている。彼女も少し酒を飲んだのか、瞳がとろんと潤んでいた。
「みんな、盛り上がっているね」
「はい。でも、私は俊樹さんがいないと寂しくて……」
玲花は俊樹の隣に並ぶと、盆を置いて彼の手を握った。
その手は熱かった。
「怖くなかったか? 俺の力」
俊樹が問うと、玲花は首を横に振った。
彼女は一歩踏み出し、俊樹の胸に体を預けた。柔らかい感触と、甘い香りが俊樹の理性を刺激する。
「怖くなんてありません。あの雷は、私たちを守るための聖なる光に見えました。……貴方様が敵を焼き払う姿、背筋がゾクゾクするほど素敵でした」
玲花は顔を上げ、熱っぽい瞳で俊樹を見つめる。
そこにあるのは純粋な恋慕と、圧倒的強者への従属願望。吊り橋効果と勝利の高揚感が、彼女のブレーキを壊していた。
「俊樹さん……私、もう我慢できません」
玲花が背伸びをして、俊樹の唇を求めた。
触れ合う唇。最初は遠慮がちだったが、すぐに互いの舌を求め合う濃厚なものへと変わる。
俊樹の腕が玲花の腰に回り、彼女を強く引き寄せる。
「んっ……ぁ……」
吐息が混じる。
俊樹はそのまま玲花を横抱きにすると、広間の喧騒を背に、自分たちの個室へと向かった。
部屋に入り、扉を閉めた瞬間、二人は貪るように求め合った。
俊樹が帯を解くと、桃色の着物がするりと床に落ちる。露わになった白い肌に、俊樹は自身の所有印を刻むように唇を這わせた。
「玲花……お前は俺のものだ。誰にも渡さない」
「はい……すべて、貴方のものです……俊樹さんっ……!」
戦場の血生臭さを洗い流すように、あるいは生の実感を確かめ合うように。
その夜、二人は「主従」や「友人」という枠を超え、心も体も繋がった「恋人」となった。
部屋の明かりが消えても、二人の熱が冷めることはなかった。
翌朝。
鳥のさえずりと共に、俊樹は目を覚ました。
隣には、薄布一枚を纏った玲花が、満ち足りた寝顔で眠っている。その肩には、昨夜の情事の痕跡が淡く残っていた。
俊樹は愛おしそうに彼女の髪を撫でると、身支度を整えて部屋を出た。
広間に行くと、劉備たちがすでに起きていた。
だが、その表情は昨夜の笑顔とは打って変わり、険しいものだった。
「おはよう、俊樹。……実は、早馬が来た」
劉備が一通の書簡を差し出す。
「青州(せいしゅう)の太守からの救援要請だ。黄巾賊の猛攻を受け、城が包囲されて落城寸前だという」
青州。ここから東へ進んだ先だ。
歴史通りなら、そこでの戦いが劉備たちの名をさらに高めることになる。
「どうする、俊樹? 兵たちは昨日の戦いで疲弊しているが……」
劉備が迷いを見せる。
しかし、俊樹は即答した。
「参りましょう、兄上。鉄は熱いうちに打て、です」
俊樹の瞳に、野心の火が灯る。
昨日の勝利で得た名声を、さらに強固なものにするチャンスだ。それに、ここでのんびりしていても退屈なだけだ。
「それに、僕の『力』はまだ底を見せていませんからね」
俊樹が不敵に笑うと、張飛がガハハと笑い、関羽がニヤリと髭を撫でた。
「違いない! お前がいりゃあ百人力だ!」
「よし、全軍に出立の準備をさせよ!」
劉備が号令をかける。
俊樹は部屋の方を振り返った。
ちょうど、玲花が目をこすりながら起きてきたところだった。俊樹と目が合うと、彼女は顔を真っ赤にして、けれど幸せそうに微笑んだ。
(守るべき女もできた。信頼できる義兄たちもいる。……悪くない)
「さあ、次は青州だ。もっと広い世界を見に行こうか」
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