第9話 初陣、雷鳴の如く
夜が明け、地平線が白く染まると同時に、大地の鳴動が始まった。
ズズズズズ……。
地平線を埋め尽くす黄色い波。
黄巾賊、五万の大軍だ。個々の装備は貧弱だが、その数は視界を覆うイナゴの大群のように、見る者の心を圧迫する。
対する劉備義勇軍は、わずか五百。
丘の上に布陣し、整然と槍を構えているが、その兵力差は百倍。誰の目にも勝敗は明らかに見えた。
「くっ……これほどの数とは……!」
劉備が冷や汗を流しながら呻く。
だが、その隣に立つ俊樹は、まるでピクニックにでも来たかのように涼しい顔で敵陣を見下ろしていた。
「焦ることはありません、兄上。雑魚が何万匹集まろうと、雑魚は雑魚です」
「しかし俊樹、包囲されれば終わりだぞ」
「その前に『頭』を潰します。――関羽兄上、張飛兄上!」
俊樹が声を張り上げると、二人の豪傑が前に進み出た。
「おうよ! 待ちくたびれたぜ!」
「うむ。我が青龍偃月刀の錆にしてくれよう」
二人はたった二騎で、五万の敵軍に向かって馬を走らせた。
敵陣から、副将の鄧茂(とうも)が飛び出してくる。
『我こそは程遠志将軍が副将、鄧茂なり! 命知らずの馬鹿者はどいつだ!』
「燕人(えんじん)、張飛益徳だ! その首、置いていけぇ!!」
張飛の雷のような咆哮が戦場に轟く。
交錯した一瞬。
張飛の蛇矛(だぼう)がうねりを上げて突き出され、鄧茂の胸板を紙のように貫いた。
『がはっ……!?』
鄧茂が落馬する。
どよめく黄巾賊。それを見て、敵の大将である程遠志(ていえんし)が怒り狂って飛び出してきた。
『おのれ、よくも鄧茂を! ひねり潰してくれる!』
程遠志が刀を振り上げる。だが、それに対し、関羽は長い髭をなびかせ、赤い顔を微動だにさせず迎え撃つ。
「未熟」
ヒュンッ。
青龍偃月刀が美しい弧を描いた。
程遠志の体は、愛馬ごと真っ二つに両断された。
『あ……』
「敵将、程遠志。関羽雲長が討ち取ったり」
関羽が静かに宣言すると、戦場に一瞬の静寂が訪れた。
だが、それはすぐに怒号へと変わった。
『将軍がやられたぞ!』
『殺せ! 相手はたったの数百だ! 踏み潰せ!!』
指揮官を失ったことで、逆に黄巾賊は暴徒と化した。
五万の人間が、雪崩のように劉備軍へ殺到する。個の武勇だけでは止められない「質量」の暴力だ。
「さあ、来ましたよ」
俊樹が呟く。
最前線の兵士たちが槍の壁を作って耐えるが、圧倒的な圧力に押され始める。
「兄上たちは下がっていてください。ここからは『掃除』の時間です」
俊樹は馬を進め、自軍の最前列へと躍り出た。
迫りくる数千、数万の敵兵。彼らの目には血走った殺意と、狂信的な光が宿っている。
(ああ、やっぱり虫だ。密集して気色が悪い)
俊樹は不快そうに眉をひそめると、胸元の勾玉を強く握りしめた。
空を見上げる。雲一つない快晴だ。
だが、俊樹の意思に応じ、大気が悲鳴を上げた。
――権能解放。『ホノイカヅチ(火と雷の神)』。
「消えろ、害虫ども」
俊樹が右手を天に掲げ、振り下ろした瞬間。
カッッッ!!!!
太陽よりも眩しい閃光が世界を白く染めた。
直後、鼓膜を破るような轟音が炸裂する。
ドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
晴天の霹靂(へきれき)。
一本ではない。十、二十、いや百近い雷撃の雨が、敵の前衛部隊の頭上に降り注いだ。
『ぎゃああああああああああ!?』
『な、なんだ!? 雷!?』
悲鳴すら上げる間もなかった者も多い。
雷撃の直撃を受けた数百人の兵士たちが、一瞬にして黒焦げの炭と化し、その周囲にいた千人以上が衝撃波と放電で吹き飛ばされた。
地面が抉れ、肉が焼ける鼻をつく異臭が立ち込める。
先ほどまで人間だったものが、ただの黒い塊となって転がっている。
圧倒的な神威。
人間が持ちうるはずのない、天災そのものの力。
『あ……あ、あ……』
『神の……怒りだ……』
生き残った黄巾賊たちの足が止まる。
彼らが信仰していた「黄天」など及ばない、本物の死の神が目の前に立っていた。
俊樹はまだ煙を上げている自身の右手を見つめ、つまらなそうに敵を見渡した。
「まだやるかい? 次は全員灰にするけど」
その言葉は、雷鳴よりも恐ろしく彼らの心に響いた。
『ひっ、ひいいいいい!!』
『助けてくれぇぇぇ!!』
恐怖が伝染する。
武器を捨て、我先にと逃げ出す黄巾賊。五万の大軍が、たった一人の少年の前に崩壊した瞬間だった。
劉備軍の兵士たちもまた、あまりの光景に槍を取り落として震えていた。
だが、俊樹は振り返り、冷徹に命じた。
「何をしているんですか。敵は背中を見せましたよ。――追撃開始。一人も逃すな」
その声にハッとした劉備が、震える声で号令をかけた。
「ぜ、全軍、追撃せよ!!」
「「「う、うおおおおおおお!!」」」
形勢逆転。
逃げ惑う五万の背中を、五百の精鋭が狩り立てる。一方的な虐殺劇の始まりだった。
関羽と張飛もまた、俊樹の横を通り過ぎる際、その顔に畏怖の色を浮かべていた。
特に関羽は、俊樹の姿に人を超えた何かを見ていた。
(……この男、我らの味方で本当によかった。もし敵に回していれば……)
戦場に広がる死臭と、勝利の歓声。
その中心で、佐藤俊樹はただ一人、冷めた目で逃げ惑う敵を見つめ続けていた
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