第6話 宴と桃園の誓い


​ 張飛に案内された酒楼の二階席は、熱気と酒の匂いで満ちていた。


 運ばれてきたのは、豚肉の塊を煮込んだ料理と、甕(かめ)に入った強い酒。


​「ガハハ! 遠慮はいらねぇ、今日は俺の奢りだ! ……と言いてぇところだが、代金は兄ちゃん持ちだったな!」


​ 張飛が豪快に笑い、丼のような盃を干す。


 関羽も静かに、しかし速いペースで酒を煽り、劉備は少し控えめに箸を進めていた。


​「改めまして。佐藤俊樹です。そしてこっちは連れの玲花ちゃん」


「よ、よろしくお願いします……」


​ 玲花が俊樹の隣で深々と頭を下げる。


 男ばかりのむさ苦しい席に、一輪の花が咲いたようだ。玲花は甲斐甲斐しく俊樹の盃に酒を注ぎ、口元についたタレをハンカチで拭う。その距離感は、ただの旅の道連れというにはあまりにも密接だった。


​「ほう。若いのに、随分と愛されているな」


​ 関羽が長い髭を撫でながら、感心したように言った。


 張飛もニヤニヤと冷やかす。


​「できた嫁御だ。兄ちゃん、夜の方もさぞかし熱いんだろう?」


「ちょ、張飛殿! 淑女の前で無礼ですよ」


​ 劉備が慌ててたしなめるが、玲花は顔を真っ赤にして俯きながらも、否定はしなかった。むしろ、俊樹の腕にギュッとしがみつき、まんざらでもない様子だ。


​ 場が和んだところで、劉備が真剣な表情に戻り、俊樹に向き直った。


​「して、佐藤殿。先ほど『思うところがある』とおっしゃっていましたが……」


「はい。単刀直入に言います。僕は、貴方たちが天下に名を轟かせる英雄になると確信しました」


​ 俊樹の言葉に、三人の動きが止まる。


 俊樹はリュックから、盗賊たちから奪った金袋をドンと卓上に置いた。重々しい音が響く。


​「これは先ほど、背後から襲ってきたネズミたちの巣穴から回収した資金です。かなりまとまった額があります。これを全て、劉備さん……貴方の義勇軍結成のために提供したい」


​「なっ……!?」


​ 劉備が目を見開く。


​「こ、これを全てですか!? しかし、これは貴方が命がけで手に入れたものでしょう」


「僕一人で持っていても、ただの金です。ですが、貴方が使えば、それは『世を直す剣』になる。……黄巾の乱で苦しむ民を救いたい。その志に、僕も乗らせてほしいのです」


​ 俊樹の瞳は真っ直ぐで、力強かった。

 味方には惜しみなく与え、誠意を見せる。それが俊樹のやり方だ。


​ 劉備はしばらく俊樹を見つめていたが、やがて震える手で俊樹の手を握りしめた。


​「……かたじけない。その想い、無駄にはしません。佐藤殿、いや、俊樹殿!」


「へっ、気に入ったぜ兄ちゃん! 金だけじゃねぇ、あの剣の腕前も見事だった。俺たちと一緒に暴れようじゃねぇか!」


​ 張飛がテーブルを叩いて賛同し、関羽も重々しく頷いた。


​「我ら三人、志を同じくして義兄弟の契りを結ぼうと話していたところだ。俊樹殿、貴殿も加わらぬか?」


​ その提案に、俊樹は心底驚いたふりをした(内心ではガッツポーズをしていたが)。


 劉備、関羽、張飛。この三人の義兄弟の契りに加わること、それこそがこの世界での最強のパスポートだ。


​「僕のような若輩者が、よろしいのですか?」


「若輩など関係ない。貴殿のその度胸と知恵、そして優しさは、我らに必要なものだ」


​ 劉備の言葉に、俊樹は深く頷いた。


​「謹んで、お受けします。兄上たち」

​                

​ 宴は深夜まで続いた。


 宿に戻った俊樹は、久々の酒に少し千鳥足になっていた。


​「俊樹さん、大丈夫ですか?」


​ 部屋に入ると、玲花がすぐに俊樹を寝台へと導いた。


 俊樹が横になると、玲花は自然な動作で俊樹の頭を自分の膝に乗せた。膝枕だ。


 着物越しに伝わる彼女の太ももの柔らかさと温もりが、酔った脳に心地よい。


​「ん……悪いな、玲花ちゃん」


「いいえ。俊樹さんは今日、大きな一歩を踏み出したんですもの。お疲れ様です」


​ 玲花は俊樹の髪を優しく撫でる。


 上から見下ろす彼女の顔は、慈愛に満ちていた。同時に、着物の襟元が少し乱れ、白い肌がチラリと見えているのが、妙に艶めかしい。


​「俊樹さん……貴方がどんなに偉くなっても、私を捨てないでくださいね」


「当たり前だろ。俺の背中を守れるのは、玲花ちゃんだけだ」


「はい……ああっ、嬉しい……」


​ 玲花は感極まったように、俊樹の額に熱い口づけを落とした。


 そのまま二人は、互いの体温を感じながらまどろみの中へと落ちていった。

​                

​ 翌朝。


 張飛の屋敷の裏手にある桃園は、満開の花に包まれていた。


 薄紅色の花びらが風に舞い、甘い香りが漂う。


 祭壇には黒牛と白馬が生贄として捧げられ、線香の煙が立ち上っていた。


​ 四人の男たちが、天に向かって跪く。


 年長の順に、劉備、関羽、張飛、そして佐藤俊樹。


​ 劉備が厳かに宣言した。


​「我ら四人、姓は異なれども、兄弟の契りを結ぶ」

​ 続いて関羽。


​「心を同じくして助け合い、困窮する者を救わん」

​ 張飛が吼える。


​「上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う!」


​ 最後に、俊樹が静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。


​「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死なんことを願わん!」


​「「「「皇天后土(こうてんこうど)、実(まこと)にこの心をご照覧あれ!!」」」」


​ 四人の声が重なり、桃園に響き渡る。


 誓いの盃に注がれた血と酒を飲み干し、彼らは地面に盃を叩きつけた。


​ 風が強く吹き、桃園の花びらが桜吹雪のように舞い上がる。


 それは、新たな時代の幕開けを告げる祝砲のようだった。


​「兄者!」


「おお、弟たちよ!」


​ 四人は互いに手を取り合い、抱擁した。


 俊樹は劉備の背中越しに、遠くで見守っていた玲花と目が合った。彼女は涙を流しながら、祈るように手を組んでいた。


​(……始まったな)


​ 俊樹は胸元の勾玉に手を当てる。


 歴史通りなら、ここから苦難の道が始まる。だが、自分がいれば話は別だ。


 この義兄たちを最強の英雄にし、自分もまた、その力を利用してのし上がる。

 

「さて、まずは兵集めと……『選別』だな」


​ 俊樹の口元に、冷徹な笑みが一瞬だけ浮かんだ。

 桃園の誓いの美談の裏で、現代知識とチート能力を駆使した、俊樹の覇道が始まろうとしていた。

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