第7話 冷徹なる選別


​ 桃園の誓いから数日が過ぎた。


 劉備、関羽、張飛、そして俊樹の四義兄弟が義勇兵を募集するという噂は、風に乗って涿郡中に広まっていた。


 広場には、早朝から黒山のような人だかりができていた。


​「おお、集まったな! これだけの数がいれば、黄巾の連中なんぞ一捻りだ!」


​ 張飛が満足げに髭をさする。


 集まったのは五百人、いや千人近いだろうか。鍬(くわ)や鎌を持った農民、職にあぶれた若者、中には白髪混じりの老人まで、乱世に活路を見出そうとする有象無象(うぞうむぞう)が押し寄せていた。


​ 劉備は彼らの前に進み出ると、両手を広げて温かい声をかけた。


​「皆、よくぞ集まってくれた! 志ある者は、身分や年齢を問わず歓迎する。共に国難に立ち向かおうぞ!」


​ わあっ、と歓声が上がる。劉備の人徳がなせる業だ。


 だが、その横で俊樹は冷ややかな目をしていた。


​(……ダメだ。これじゃあ『軍隊』じゃない。ただの暴徒だ)


​ 俊樹の目には、彼らの実力が透けて見えていた。栄養失調で足元がおぼつかない者、恐怖で目が泳いでいる者、明らかに病気持ちの者。


 こんな連中を戦場に連れて行けば、敵を倒すどころか、パニックを起こして味方の陣形を崩すのがオチだ。


​「待ってください、兄上」


​ 俊樹は一歩前に出て、歓声を遮った。


​「全員を受け入れるわけにはいきません。兵の質が悪すぎます」


「なっ、何を言うか俊樹。彼らは皆、命を懸けて来てくれたのだぞ。追い返すなど……」


「命を懸けるのと、犬死にするのは違います。使えない兵は、食料を食いつぶすだけの『お荷物』です」


​ 俊樹の言葉に、広場がざわつく。


 劉備が悲しげな顔をするが、俊樹は譲らなかった。


​「僕に任せてください。『選別』を行います」


​ 俊樹は前に進み出ると、勾玉に意識を集中させた。

 

 ――権能解放。『オモイカネ(知恵の神)』。


​ 俊樹の脳の処理速度が極限まで加速する。


 視界に入る人間一人一人の筋肉の付き方、重心のバランス、顔色、目線から、その人物の身体能力と精神力、さらには潜在能力までもが数値化されたデータのように頭の中に流れ込んでくる。


 現代で言うところの「スキャニング」だ。


​ 俊樹は無表情で、並んでいる志願者たちの前を歩き始めた。


​「君、不合格。結核を患ってるね。戦場に行く前に血を吐いて死ぬよ」


「えっ、なんでそれを……」


「君もダメだ。右足を引きずっている。古傷か? 走れない兵はいらない」


「そ、そんな!」


「君は……目はいいが、心が脆い。人を殺した瞬間に発狂するタイプだ。帰れ」


​ 俊樹は指を差しては、冷酷に切り捨てていく。


 情け容赦のない言葉が、志願者たちの心に突き刺さる。


 劉備はおろおろと見守り、張飛は「厳しすぎねえか?」と呟くが、関羽だけは唸った。


​「……いや、俊樹の言う通りだ。よく見れば、弾かれた者は皆、戦力にならん者ばかり。逆に見ろ、残された者たちの面構えを」


​ 俊樹が「合格」と告げた者たちは、体格が良く、あるいは目に強い光を宿した者たちばかりだった。


 千人近くいた志願者は、最終的に五百人弱まで絞り込まれた。


 半分が切り捨てられたことになる。


​「あんまりだ! 俺たちに死ねって言うのか!」


​ 不合格になった男たちが食ってかかる。

 殺気立つ群衆。だが、俊樹は涼しい顔で彼らを見下ろした。


​「勘違いするな。戦場で死ぬより、マシな仕事をやるって言ってるんだ」


​ 俊樹は不合格者たちを別の列に並ばせた。


​「君たちは『後方支援部隊』だ。武器や食料の運搬、陣地の設営、怪我人の介護。それをやれ。戦うよりも地味でキツイ仕事だが、給金は出す」


​ 戦力外の人間を切り捨てるのではなく、労働力として効率的に活用する。


 これなら劉備の「仁」も立つし、軍の運営もスムーズになる。


​「……なるほど。無駄がないな」


​ 関羽が感嘆のため息を漏らした。


 こうして、精鋭五百の兵と、それを支える輜重(しちょう)部隊が組織された。

​                

​ 選別が終わった広場に、立派な馬車を連ねた一団が現れた。


 中山(ちゅうざん)の豪商、張世平(ちょうせいべい)と蘇双(そそう)だ。彼らは毎年、馬を売りに北へ行っていたが、黄巾の乱で行く手を阻まれ、引き返してきたところだった。


​「おお……なんと見事な兵たちだ」


​ 張世平は、整列した五百の兵を見て目を見張った。


 ただ立っているだけではない。俊樹の指導により、身長順に並び、息を合わせて直立不動の姿勢を取っている。その統率された美しさは、当時の軍隊にはないものだった。


​「これほどの規律を持つ義勇軍は見たことがない。劉備殿、それに後ろに控える若き参謀殿。貴殿らになら、我らの荷を託せるかもしれん」


​ 商人は目ざとい。この軍が将来、大きな利益を生む勢力になると直感したのだ。


 彼らは良馬五十頭、金銀五百両、そして上質な鉄一千斤(きん)を寄付すると申し出た。


​「ありがたい! これで皆の武器が作れます!」

​ 

劉備が涙を流して感謝する横で、俊樹は頭の中で素早く計算していた。


 (馬五十頭は騎馬隊の核になる。鉄一千斤あれば、五百人分の武器と防具が揃う。……勝ったな)

​ 

俊樹はすぐに鍛冶屋を集め、武器の製造を命じた。


 劉備には双股剣(そうこけん)、関羽には八十二斤の青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)、張飛には蛇矛(だぼう)。


 そして一般兵には、俊樹が設計した規格統一された槍と、軽量化した鎧を作らせた。

​                

​ 数日後。


 練兵場には、怒号と砂埃が舞っていた。


​「右向け、右ッ! 遅い! ワンテンポ遅れた奴、腕立て五十回!」


​ 俊樹の声が響く。


 行っているのは、現代の軍隊式の訓練だ。


 個人の武勇に頼るのではなく、集団としての動きを徹底的に叩き込む。合図一つで陣形を変え、槍の壁を作る。


​「ひぃぃ……死ぬ、死んじまう!」


「口を動かすな、足を動かせ!」


​ 兵士たちは悲鳴を上げながらも、脱落者は一人もいなかった。


 なぜなら、鬼教官である俊樹の横で、玲花が甲斐甲斐しく水やタオルを配り、「頑張ってくださいね」と天使のような笑顔で励ましているからだ。


 飴と鞭。その完璧な管理体制が、農民たちを短期間で「兵士」へと変えていった。


​ 夕暮れ時。


 訓練を終えた俊樹に、劉備が歩み寄ってきた。


​「俊樹よ。最初は厳しすぎると思ったが……見違えたぞ。これなら、官軍にも引けを取らない」


「ええ。個の力では関羽兄上や張飛兄上には勝てませんが、集団なら彼らを殺せます。それが『組織』というものです」


​ さらりと恐ろしいことを言う俊樹に、劉備は苦笑いした。


 俊樹は整備された軍を見渡し、満足げに頷いた。


​(ハードウェアは揃った。ソフトウェアもインストール中だ。あとは……実戦データだな)


​ その時、見張りの兵が慌てて駆け込んできた。


​「ほ、報告! 黄巾賊の軍勢が、こちらに向かっています! その数、およそ五万!」


​ 五万。


 対する劉備軍は五百。


 百倍の兵力差だ。


 兵士たちの間に動揺が走る。


​ だが、俊樹の唇は、三日月のように吊り上がっていた。


​「来たか、実験台」


​ その瞳には、恐怖など微塵もない。あるのは、獲物を前にした捕食者の冷徹な光だけだった。

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