第3話 力の目覚め
土壁の家の薄暗い室内で、俊樹は囲炉裏を囲んでいた。
先ほどの少女――名を玲花(レイカ)というらしい――が、欠けた茶碗に入った白湯を差し出してくれた。
「ありがとう」
俊樹が微笑むと、玲花は顔を赤らめてぺこりと頭を下げる。
俊樹は、向かいに座る村の長老に問いかけた。
「お爺さん、今は『漢』の世ですよね? 皇帝のお名前や、年号はわかりますか?」
長老は困ったように首を横に振った。
『わしらのような百姓には、都のことなどわかりませぬ。ただ……ここ数年、税が重くなるばかりで。黄色い布を頭に巻いた集団が、あちこちで暴れているという噂は聞きますが……』
(黄色い布……黄巾の乱か。となると西暦184年前後。乱世の幕開けだ)
俊樹が歴史の知識と現状を照らし合わせようとした、その時だった。
ドカッ!!
突然、家の戸が蹴破られた。
砂埃と共に、粗野な怒鳴り声が静寂を切り裂く。
『おい、ジジイ! 隠している食い物を出しな!』
入ってきたのは、薄汚れた革鎧をまとい、錆びた直刀を手にした男たちだった。盗賊だ。総勢十名ほどが、小さな家を取り囲むように侵入してくる。
『ひっ……お、お許しを! もう差し出せるものは何も……』
長老が床に額を擦り付けて懇願する。しかし、盗賊のリーダー格の男は、ニタニタと卑下た笑みを浮かべ、長老の頭を踏みつけた。
『うるせえ! さっきガキが甘い菓子を食ってるのを見たぞ。隠し財産があるんだろ?』
男の視線が、部屋の隅で震える玲花に向いた。その目が、獲物を狙う獣のように細められる。
『へえ……薄汚れてるが、磨けば上玉じゃねえか。食い物がねえなら、この女で勘弁してやるよ』
男が玲花の手首を掴み、乱暴に引き寄せた。
『いや! お爺ちゃん!』
『玲花! やめろ、その子に手を出すな!』
長老が必死に男の足にしがみつく。
次の瞬間、鈍い音が響いた。
ドスッ。
男の持っていた剣が、無造作に長老の背中を貫いていた。
「あ……」
俊樹の目の前で、鮮血が噴き出す。長老は声もなく崩れ落ち、赤黒い血が土間を濡らした。
『お爺ちゃん!!』
玲花の悲痛な叫び声。盗賊たちはそれを見て、下品な嘲笑を上げた。
『ギャハハ! 死に損ないが。さあ、お楽しみの時間だ』
男たちが玲花の服に手をかけ、強引に引き裂こうとする。白い肌が露わになり、少女の絶望に満ちた涙がこぼれる。
その光景を見た瞬間、俊樹の中で何かが「切れた」。
恐怖ではない。
悲しみでもない。
ただただ、氷のように冷たく、どす黒い感情が腹の底から湧き上がった。
(――不快だ)
優しくしてくれた老人を殺し、か弱い少女を辱める。
コイツらは人間ではない。害虫だ。
害虫は、駆除しなければならない。
ドクンッ。
胸元の勾玉が、焼けるように熱くなった。
俊樹の脳内に、厳かな声が響くのではなく、強烈な「本能」が流れ込んでくる。
――権能解放。『スサノオ』。
俊樹の全身から、目に見えない気迫が爆発した。
室内の空気が一瞬にして凍りつき、ロウソクの火がかき消える。
『あ? なんだこのガキは』
一人の盗賊が、邪魔だとばかりに俊樹に剣を振り上げた。
だが、その剣が振り下ろされることはなかった。
俊樹は目にも止まらぬ速さで、足元に転がっていた長老の鍬(くわ)を蹴り上げた。宙に浮いた鍬を掴むと同時に、盗賊の喉元を一突きにする。
『が……っ!?』
盗賊が崩れ落ちるのと同時に、俊樹はその手から剣を奪い取った。
手になじむ重さ。
初めて握るはずの剣なのに、まるで体の一部のように感じられた。
「風よ」
俊樹が低く呟くと、室内であるはずなのに、猛烈な突風が巻き起こった。
暴風雨の神、スサノオの力。
風は俊樹の体に纏わりつき、その身体能力を極限まで加速させ、剣に真空の刃を上乗せする。
『な、なんだ!?』
リーダー格の男が玲花から手を離し、剣を抜こうとした。
遅い。
俊樹は一歩踏み込むと、風のような速さで男の懐に入り込んでいた。
「死ね」
感情のない声と共に、剣が一閃する。
男の首が、物理法則を無視したかのように軽々と宙を舞った。
血の噴水が天井まで届く。
『ひっ、ひいい!? バケモノか!?』
残りの八人が恐慌状態に陥り、出口へ殺到する。
だが、俊樹の瞳には慈悲など欠片もなかった。
「逃がすか」
俊樹は左手をかざした。暴風が渦を巻き、逃げようとする盗賊たちの足を止める。
それは一方的な蹂躙(じゅうりん)だった。
俊樹が剣を振るうたびに、手足が飛び、胴が裂ける。
返り血を浴びた俊樹の顔は、能面のように無表情だった。現代日本で育った高校生の姿はそこにはなく、ただ冷酷な処刑人が立っていた。
十秒も経たなかっただろう。
十名の盗賊は全員、肉の塊となって沈黙した。
静寂が戻った部屋に、血と臓物の強烈な臭いが充満する。
俊樹は血糊を振るい落とすと、呆然と腰を抜かしている玲花の方を振り返った。
その瞳から、修羅の光が消え、いつもの穏やかな光が戻る。
「……大丈夫かい? 怪我はない?」
死体の山の上に立ちながら、何事もなかったかのように微笑む俊樹。
その姿は、神々しくもあり、同時に底知れぬ恐ろしさを秘めていた。
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