第12話 ディネルースの盤面

 白亜の巨塔、最上階。

 天空に近いこの場所は、地上の血なまぐさい空気とは無縁の、静謐せいひつな冷気に包まれていた。

 エレノア共和国連邦議長ディネルースは、眼下に広がる美しい湖を見下ろしながら、背後の報告に耳を傾けていた。

「……以上が、オウカの施設で捕らえた帝国将校から吐かせた情報です」

 畳に額を擦り付けるように平伏しているのは、サムライの長、源流。

 彼の手技による拷問に耐えられる者はいない。情報は正確無比だ。

「なるほど。あと二週間で総攻撃。南東から進軍する軍勢は陽動で、アンドレアの本隊は南から、貴方の国オウカと、我が故郷ネクロゴンドを突く……」

 ディネルースは薄く笑った。

「単純ね。力の信奉者らしい、力押しの一点張り。情報が筒抜けとも知らずに滑稽だわ」

「議長」

 部屋の影から、ダークエルフの長アルフィリオンが進み出た。

「帝国の陽動部隊ですが、あの空飛ぶ船『アルゴス』を盾にして突っ込んでくるようです。魔導砲対策でしょう」

「ええ、想定内よ。所詮は小細工」

 ディネルースは窓ガラスに手を触れた。

「この塔を守る結界は、古代エルフの叡智の結晶。物理攻撃も魔法も一切通さない。内側からの許可――つまり『紋章』を持つ者以外、蟻一匹たりとも侵入できないわ」

 彼女は、その絶対的な「鍵」である紋章の一つが、魔族の密偵によって既に盗み出されていることなど、夢にも思っていなかった。彼女にとってこの塔は、世界のどこよりも安全な聖域だったのだ。

「アルフィリオン、指示を。塔の守備は最小限で構いません。陽動部隊の相手は、リザードマンやワーフルフ、ミノタウルスら獣人族の混成部隊に任せなさい。彼らは消耗品として最適よ。こちらが主力をそこに展開していると思い込ませられるはず」

 ディネルースは、テーブルの上の巨大な地図に駒を進めた。

「本番は南よ。アルフィリオン、貴方の可愛いアンデッド兵たちを二手に分けなさい。一隊はオウカのサムライたちのところへ。もう一隊はワーウルフ領の北東へ伏せさせるのです」

「……なるほど。アンドレアがオウカに侵攻し、源流殿のサムライと第一のアンデッド隊が足止めしている間に……」

 アルフィリオンが地図上の駒を動かす。

「ワーウルフ領から第二の部隊が背後を突く。完全な包囲殲滅戦ですね」

「その通り。アンドレアの首は、オウカの桜の下に埋めましょう」

 さらにディネルースは、控えていたハイエルフの側近、ララノアに視線を向けた。

「ララノア。魔導砲の運用プランを変更します」

「はっ。アルゴスを撃ち落とすのではなく?」

「ええ。奴らはきっと魔導砲を防ぐ何かを用意してくるでしょう。そうでなければ無闇に飛び込んでくるはずがないもの。初弾はアルゴスにくれてやりなさい。撃墜できればよし。防がれても構わないわ」

 ディネルースの瞳が、冷酷な光を帯びる。

「重要なのは二発目。次弾装填後、砲門を南東ではなく、オウカへ向けなさい」

「オウカへ……? ああっ、なるほど!」

 ララノアが息を呑む。

「情報が筒抜けと知らずに密集しているアンドレアの本隊を、この塔からの超長距離射撃で一網打尽にするのですね」

「ええ。混乱したところを、アンデッドとサムライで刈り取る。完璧でしょう?」


    ◇


 会議が終わりかけた時、源流が顔を上げた。

「議長。一つ確認を。……鉄鋼共和国のヘギルはどうなさいますか? 帝国に武器を輸出している裏切り者ですが」

 ディネルースは少し考え込み、言った。

「泳がせておきなさい。まだ処分するには早いわ」

「と、おっしゃいますと?」

 アルフィリオンが怪訝な顔をする。

「奴はコウモリ野郎ですぞ。生かしておく価値など……」

「あの『宇宙からの侵略者』の話よ」

 ディネルースの言葉に、アルフィリオンとララノアは失笑した。

「まさか、信じておられるのですか? あのような御伽噺おとぎばなしを」

「ロイ王子の妄言でしょう。我々を惑わすための」

「ええ、十中八九は嘘か幻覚でしょうね。でも……」

 ディネルースは遠く空を見上げた。

「万が一、本当だとしたら? アンドレアを潰した後、即座に全土の軍備を整える必要があるわ。その時、ヘギルの工場と生産力は不可欠になる。一%でも可能性があるなら、手札は残しておくべきよ」

 彼女の合理性は、感情に流されない。それが彼女の強さであり、同時に、人の心の機微を見誤る要因でもあった。

「では、行きなさい」

 ディネルースは背を向けた。

「源流。貴方には特に期待していますよ。オウカでの決戦……必ずや覇王アンドレアの首を挙げてきなさい」

「御意。……我が命と、桜に誓って」

 源流は深く一礼し、音もなく部屋を去った。

 続いてアルフィリオン、ララノアも退出していく。

 再び静寂が戻った最上階。

 ディネルースは一人、ワイングラスを傾けた。

「さあ、チェックメイトよ、アンドレア。そしてロイ王子。貴方の青臭い理想ごと、この大陸の藻屑もくずとなりなさい」

 盤面は整った。

 しかし、彼女はまだ知らない。

 自分の足元の「鍵」が既に開かれていること。

 そして、相手のプレイヤーたちが、彼女の想像を超える「進化」を遂げていることを。

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