第7話 金色のボス

 桜の国オウカを追われるように出立した『アルゴス』は、北東の空を目指した。

 目的地は、エレノア共和国連邦の首都であり、議長ディネルースがいるとされる「水の都」。

 だが、その都市を目前にして、船は不可視の壁に阻まれた。

「駄目ね。完全に遮断されているわ」

 シルフが船首で眉をひそめる。

「魔術的な結界だけれど、構造が複雑すぎる。私でも解除には数週間かかるわよ」

 やむなく一行は、結界に沿って北へと迂回した。

 やがて眼下に広がったのは、これまでのどの国よりも巨大な、煤煙ばいえんと蒸気に覆われた大地だった。

 ネクロゴンドやオウカの倍はある広大な国土。無数の煙突が林立し、空を灰色に染めている。

 連邦最大の兵器工場地帯、「ドワーフ鉄鋼共和国」である。

 一行は情報収集と水の都への侵入経路を探るため、その鉄の街へと降り立った。


    ◇


「ガハハ! よく来たな、珍しい客たちよ!」

 通されたのは王宮の玉座……ではなく、高層ビルの最上階にある豪華な社長室のような部屋だった。

 革張りのソファに深々と腰掛け、最高級の葉巻をくゆらせている男。彼こそがこの国の王、ヘギルだった。

 ロイたちが知るドワーフ像とは、あまりにかけ離れていた。

 鎧の代わりに仕立ての良い高級スーツを着こなし、戦斧の代わりに万年筆とグラスを弄ぶ。笑うたびに、口の中に埋め込まれた全ての歯が金色に輝いた。

 国民は彼を「王」ではなく、「ボス」と呼んでいた。

「なんだ、その格好は!」

 ドワーフのガガンが我慢ならずに叫んだ。

「ドワーフの魂である鎧を捨て、商人のような真似事とは! 戦士としての誇りはないのか!」

 ヘギルは煙を吐き出し、ニヤリと笑った。

「誇り? そんなもんで腹が膨れるかよ、田舎モン。俺たちは武器を作り、他国に売る。それが連邦への最大の貢献であり、最強のビジネスだ」


    ◇


「まあまあ、せっかく来たんだ。俺たちの自慢の工場を見ていけよ」

 ヘギルの案内で、一行は兵器工場を視察することになった。

 そこは、ガガンが知る「鍛冶場」ではなかった。

 ベルトコンベアが鳴り響き、巨大なプレス機が一定のリズムで鉄を打ち抜く。職人の汗も、魂を込める槌音もない。ただ規格化された剣や銃が、奔流のように生み出されていた。

「す、すごい……! この生産ライン、完全に自動化されている!」

「見てくれ、この加工精度。ガイアスの技術にも引けを取らないぞ」

 ガイアスの技術兵たちは目を輝かせ、食い入るように機械を観察している。彼らにとってここは天国だった。

 一方、ガガンは吐き捨てるように言った。

「こんなものは武器じゃねえ。ただの鉄塊だ。使い手の命を預かる覚悟がねえ……」

「覚悟なんざ不要さ。質より量。壊れたら新品を買えばいい。それが戦争ってもんだろ?」

 ヘギルの言葉に、ガガンは拳を震わせたが、ロイがその肩を抑えた。


    ◇


 その夜、ヘギル主催の「新兵器お披露目パーティー」が開かれた。

 戦時下とは思えない豪華な食事と酒、着飾った紳士淑女たち。ロイは目眩を覚えた。外では多くの兵士が死んでいるというのに、ここでは戦争がただの社交のネタになっている。

「紹介しよう。水の都から来た幹部、ララノア女史だ」

 ヘギルが紹介したのは、透き通るような青い肌を持つハイエルフの女性だった。水の都の住人特有の、流れるようなドレスを纏っている。

「ディネルース議長にお会いになりたいとか。……取引をしましょう」

 ララノアは涼やかな声で言った。

「ヘギル殿が開発した新型魔導砲の試作品、これを私の護衛として水の都まで運んでください。そうすれば、議長への謁見を手配しましょう」

 渡りに船の話だ。だが、ロイにはどうしても拭えない違和感があった。

 その時、窓の外を見ていたシルフが、鋭い視線でヘギルを問い詰めた。

「ねえ、ボス。この国の東側……すぐ隣は敵国のアンドレア帝国よね?」

「ああ、そうだが?」

「どうして国境が無防備なの? ネクロゴンドのアンデッド兵も配置されていない。普通なら、一番の重要拠点であるこの工場地帯を死守するはずでしょう?」

 会場が一瞬、静まり返った。

 シルフの指摘は的確だった。連邦の武器庫であるこの国が、なぜか最前線の守りを放棄しているように見える。

 ヘギルは葉巻の灰を落とし、金歯を見せて笑った。

「あのゾンビどもか? 臭くてかなわんのよ。俺の美しい国に死体が歩き回るのは美学に反する。それだけのことさ」

「……それだけの理由で、国防を疎かにすると?」

「ここは険しい山々に囲まれた自然の要塞だ。帝国といえども、そう易々と侵攻はできない。それにな、俺たちには金がある。いざとなれば傭兵でもなんでも雇うさ。心配ご無用」

 嘘だ。ロイの直感がそう告げていた。

 だが、証拠はない。そして水の都に入るには、彼らの提案に乗るしかない。

「いいでしょう。その荷物、我々がお運びします」

 ロイが決断すると、ララノアは微笑み、ヘギルは満足げに頷いた。

「商談成立だな。気をつけて行けよ、王子様」


    ◇


 翌朝、新型兵器という厳重なコンテナを積み込み、『アルゴス』は再び空へ上がった。

 ララノアも同乗している。彼女がいれば、あの結界を通過できるはずだ。

「あのボス……絶対に何か隠している」

 甲板で遠ざかる工場地帯を見つめながら、ガガンが唸る。

「ああ。帝国と隣接しているのに無防備な国境。そして、戦時中に肥え太る経済……」

 ロイは、タフリン王が言っていた「八つの国」の複雑さを改めて痛感していた。

 誰もが平和を望んでいるわけではない。戦争が続くことを望む者も、確かに存在するのだ。

「見えてきましたわ。あれが、我らが首都です」

 ララノアの声に、ロイは前を向く。

 結界の向こう側、巨大な湖の上に浮かぶ白亜の巨塔。

 連邦の心臓部、水の都。そして、全ての情報を握る議長ディネルースの待つ場所へ。

 『アルゴス』はゆっくりと、その聖域へと進入していった。

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