第6話 桜舞う拷問の庭

 ネクロゴンドの陰鬱な森を抜けた『アルゴス』が南下すると、突如として視界が桃色に染まった。

 季節外れの、いや、季節など関係なく咲き乱れる「常春とこはるの桜」。そこは、人間のサムライたちが支配する国「オウカ」だった。

 美しく舞い散る花弁の下を、北のネクロゴンドから送られてきたアンデッド兵団が無言で行軍していく。

「死体と桜か……。悪趣味な絵画を見ているようだ」

 ガイアスの技術兵が顔をしかめて呟く。生と死、美と醜が混在するその光景は、この国の歪さを象徴しているようだった。

 一行を出迎えたのは、この国を治める「源流」という名の男だった。

 腰に二振りの刀を差し、質素だが仕立ての良い着物を纏っている。その立ち振る舞いには、張り詰めた糸のような隙のなさがあった。

「遠路、大儀であった。粗茶だが、一服召されよ」


   ◇


 通されたのは、枯山水かれさんすいの庭園を臨む静謐せいひつな茶室だった。

 源流の点てる茶は香り高く、張り詰めた旅の緊張を一時ほどいてくれるようだった。

「戦時中とはいえ、心に余裕は必要だ。花を愛で、茶を嗜む。それが人の道を保つすべゆえ」

 源流の言葉は哲学的で、ロイは彼に高潔な武人の姿を見た気がした。

 だが、その静寂は、風に乗って運ばれてきた微かな、しかし確かな「音」によって破られた。

 ――ギャアアアアアッ!!

 獣の咆哮のような、あるいは魂を削り取られるような絶叫。

「……なんだ、今の声は?」

 ロイが立ち上がろうとすると、源流は眉一つ動かさず茶をすすった。

「気にするな。仕事の音だ」

 ロイは制止を振り切り、音のする方へ――庭の奥にある別棟へと向かった。

 そこは、桜並木に隠された、巨大な石造りの収容施設だった。

 鉄格子の向こうで行われていたのは、地獄そのものだった。

 捕虜となったアンドレア帝国の兵士たちが、逆さ吊りにされ、あるいは焼けた鉄を押し当てられていた。

「吐け! 帝国の補給路はどこだ! 次の作戦目標は!」

 尋問官たちの怒号と、捕虜の悲鳴が交錯する。

「なんてことを……! これが、人の道を保つ者のすることか!」

 ロイが激昂して振り返ると、いつの間にか源流が背後に立っていた。

「情報は武器だ、王子。ここで聞き出した情報一つで、最前線の連邦兵士が千人助かることもある。彼らの痛みは、千人の命の代償だ」

 その横で、同行していた魔族の密偵二人が、うっとりとした表情で鉄格子の中を覗き込んでいた。

「いい声だ……。絶望と苦痛が絶妙に混じり合っている」

「拷問官の技術もなかなかのものですね。魔界の『苦痛の聖歌隊』にも引けを取らない」

 その恍惚とした表情に、ロイは背筋が凍る思いがした。味方であるはずの彼らが、今は誰よりも恐ろしい存在に見えた。

「おい、何を見ている」

 不意に、施設の奥から大柄な男が現れた。施設長を務めるサムライだ。

 彼はロイたちを睨みつけると、腰の刀に手をかけた。

「ここは機密区画だ。部外者が立ち入っていい場所ではない。……たとえ客人でもな」

「こんな非道な真似が、連邦の正義だと言うのか!」

 ロイが叫ぶと、施設長は鼻で笑った。

「正義? 寝言を言うな。我々は、議長のディネルース様へ最高純度の情報を献上するのが任務だ。綺麗な戦争など存在しない」

 そして、彼はドスの利いた声で脅しをかけた。

「いいか、異国人。この連邦内で下手に動けば、次はお前たちがこの檻の中で暮らすことになるかもしれんぞ?」

「あぁん? 誰に向かって口を利いてんだ、コラァ!」

 ガガンが瞬時に反応し、巨大な戦斧を構えた。

「てめえらの首を刎ねて、その桜の肥やしにしてやろうか!」

 アレフの騎士たちも剣を抜き、サムライたちも一斉に抜刀する。殺気が空気を震わせた。

「やめよ」

 凛とした声が、場を制した。

 源流が、静かに、しかし絶対的な威圧感を持って彼らの間に割って入った。

「我が国で、客人に刃を向けるなど恥を知れ」

 施設長たちがたじろぎ、刀を収める。

 源流はロイに向き直り、静かに告げた。

「……見苦しいものを見せた。だが、これが戦争だ。綺麗事だけで人は守れん。それを理解できぬなら、早々に立ち去るがいい」


    ◇


「すぐに出立するよう手配させた。……もう二度と、この国には立ち寄らぬことだ」

 源流の言葉は、拒絶であり、同時にこれ以上のトラブルからロイたちを遠ざける配慮のようにも聞こえた。

 『アルゴス』に戻る道すがら、ロイは舞い散る桜を見上げた。

 最初にあれほど美しく見えた花びらが、今は吸い上げた捕虜たちの血の色に見えてならなかった。

 ハーフリングの食料生産。

 ダークエルフの死体利用。

 そして、サムライの情報収集と拷問。

 エレノア共和国連邦。自由と多様性を謳うこの巨大な組織は、その根底にどす黒いごうを抱え込みながら、かろうじて成立していた。

「議長のディネルース……。彼女は、この全てを統括しているのか」

 ロイの中に、連邦のトップに対する疑念と、ある種の畏怖が芽生え始めていた。

 一方、船内で魔族の一人が呟いた。

「惜しいことをしました。あの施設長、なかなか良い悲鳴を上げそうな喉をしていましたのに」

 その言葉に、ガガンとシルフは無言で距離を取った。

 十三名の旅路にも、見えない亀裂が入り始めていた。

 次は、連邦の中枢に近づくことになるのか、それとも――。

 『アルゴス』は逃げるようにオウカの空を飛び去った。

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