第8話 断罪の斧

 結界に守られた湖上の要塞、「水の都」。

 『アルゴス』はララノアの先導により、その不可視の門を何事もなく通過した。

 目の前に現れたのは、湖面から天を突くようにそびえ立つ、美しい白亜の巨塔だった。その輝きは、ここまでに見てきた戦争の汚れを一切寄せ付けない神々しさがあった。

 船が塔の基部にある港に着水すると、ララノアは即座に指示を飛ばした。

「ドワーフ製のコンテナを直ちに搬出しなさい! 塔の上層部へ。すぐに稼働できるよう接続を急いで!」

 港にはすでに作業員たちが待機しており、ヘギルから託された「新型兵器」の荷下ろしが始まる。

「おお、これが最新の魔導砲の仕様書か……! 接続部の規格、エネルギー伝達率、どれをとっても芸術的だ!」

 ガイアスの技術兵三名は、搬出作業に目を輝かせ、その場に残って立ち会いたいと懇願した。

「我々も残ろう。この都の魔力循環システム、興味深い」

 なぜか魔族の密偵ニ名も、船を降りて港に残ると言い出した。

「……わかった。出発の時には呼ぶ。それまで羽目を外すなよ」

 ロイは一抹の不安を覚えつつも、ガガン、シルフ、そして数名のアレフ、ドーザ騎士を連れ、ララノアと共に巨塔の最上階へと向かうリフトに乗り込んだ。


    ◇


 最上階の広間は、壁一面がガラス張りになっており、連邦の全土を見下ろすことができた。

 その中央、水で作られた玉座に、エレノア共和国連邦議長、ハイエルフのディネルースは座っていた。

 透き通るような肌、感情を読み取らせない氷のような瞳。シルフと同じエルフ族だが、纏う空気が決定的に異なっていた。

「ようこそ、異界の旅人たちよ。ララノアから話は聞いているわ」

 ロイは単刀直入に切り出した。

「議長。僕たちがこの大陸に来たのは、戦争を終わらせるためです。そして、この世界の外から迫りくる『真の脅威』に備えるためです」

 ロイはマクマリスから託された情報――世界の危機と、団結の必要性を熱弁した。

 ディネルースは静かに耳を傾けていたが、表情一つ変えなかった。

「世界の危機……。ええ、理解できるわ。だからこそ、この大陸は一つにならなければならない」

 彼女は優雅に立ち上がり、ロイに手を差し伸べた。

「ならば、我々の理念に共感し、共に歩みなさい。貴方たちが連邦の勝利に貢献してくれるなら、約束しましょう。ネクロゴンドのアンデッド兵も、鉄鋼共和国の無尽蔵の武器も、全て貴方たちの祖国防衛のために無償で提供するわ」

「……戦争が終わった後は?」

「もちろん、全ての『必要悪』は解体する。アンデッドは土に還し、工場は閉鎖し、拷問施設も焼き払う。平和が訪れれば、それらは不要な汚点だもの」

 あまりにも滑らかな口調。ロイは背筋が寒くなるのを感じた。

「汚点……。貴方は、自国の民や技術を、ただの道具として使い捨てるつもりですか? 今は『自由』の名の下に彼らを利用し、用が済めば切り捨てる。それが連邦の正義なのですか!」

「正義?」

 ディネルースは首を傾げた。

「効率の話よ。それに、貴方たちこそどうなの? 『世界を救う』と言いながら、人類の敵である魔王と手を組んでいる。……それは『正常』なことなのかしら?」

 ロイは言葉に詰まった。

「それは……」

清濁せいだく併せ呑まねば、世界は救えない。魔王がそう言ったんじゃなくて? 貴方もその考えに納得したからこそ、魔王の船に乗っているのでしょう? 私も同じよ」

 議論は平行線だった。彼女の論理は完璧で、そして冷酷だった。

「……わかりました。ですが、即答はできません」

 ロイは拳を握りしめた。

「僕は、アンドレア帝国もこの目で見てきたい。彼らが本当に貴方たちの言うような悪なのか。それを見極めてから、最終的な判断を下します」

「そう。残念だわ」

 ディネルースは冷ややかに微笑んだ。

「では、好きになさい。……帰り道には気をつけて」


    ◇


 ロイたちがリフトで降りていくのを見届けると、ディネルースは控えていたララノアに振り返った。

「交渉は決裂よ。……ララノア、例の『荷物』の準備は?」

「接続、充電、共に完了しております。ドワーフの技術は確かです」

「そう。では、実戦に投入する前にテストをしておきましょう」

 ディネルースは窓の外、港から離水しようとしている『アルゴス』を見下ろし、無慈悲な命令を下した。

まとはあの船でいいわ。撃ちなさい」


    ◇


 港に戻ったロイは、技術兵と魔族たちを急かして船に乗り込んだ。

「おい、まだあの砲台の起動実験が見れてないぞ!」と不満げなガイアス兵を、「嫌な予感がするんだ」と無理やり引っ張り込む。

 『アルゴス』がエンジンを吹かし、湖面から浮上する。

 目指すは東。鉄鋼共和国を抜け、その先にあるアンドレア帝国へ。

「ロイ、なんだか胸騒ぎがするわ……」

 シルフが後方の水の都を振り返った、その時だった。

 白亜の巨塔の中腹、先ほど運び込んだコンテナが展開し、巨大な砲身が姿を現した。

「あれは……俺たちが運んだ……?」

 ガガンが目を見開く。

 閃光が走った。

 音よりも速く、ヘギルの最高の頭脳とドワーフ鉄鋼共和国の鍛冶技術、そして湖底にある魔力脈のエネルギーが融合した極大のビームが『アルゴス』を襲った。

「衝撃に備えろおおおお!!」

 直撃。

 船尾が大破し、黒煙が噴き出す。魔導エンジンの一つが爆発し、船体は制御を失ってきりもみ回転を始めた。

「制御不能! 高度維持できません!」

「墜ちる! アンドレア領へ真っ逆さまだ!」

 眼下には、険しい山々と要塞線が広がる鉄鋼共和国の国境、そしてその先には帝国の領土が迫っていた。

「クソッ、あの女……最初から俺たちを生かして帰す気なんかなかったんだ!」

 ロイは操縦桿を握りしめ、必死に機首を上げようとするが、重力には逆らえない。

「総員、何かに掴まれぇぇぇッ!!」

 轟音と共に、彼らの翼は連邦の敵地へと墜落していった。

 薄れゆく意識の中で、ロイは皮肉な運命を呪った。

 和平への切符だと思って運んだ荷物が、自分たちの断罪の斧だったとは。

 視界が暗転する直前、彼が見たのは、墜落現場へと集まってくる、整然とした軍靴の響きだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る