第5話 死者を愛する自由
ハーフリングの王タフリンが治める黄金色の穀倉地帯を後にし、『アルゴス』は北東へと進路をとった。
眼下の景色は、豊かな緑から徐々に色を失い、やがて灰色の霧が立ち込める陰鬱な森へと変わっていった。
ダークエルフが支配する自治領、「ネクロゴンド」。
国境付近の街道を見下ろしたロイは、息を呑んだ。
「あれは……軍隊か?」
街道を埋め尽くす数千の兵士たち。だが、彼らからは一切の生気が感じられない。足音は不気味なほど揃い、話し声一つ聞こえない。鎧の隙間から覗く肌は土気色で、中には半ば腐敗が進んでいる者もいるようだった。
「アンデッド……。それも、かつては連邦の兵士だった者たちか」
ガガンが顔をしかめて呻く。
死してなお、戦場へと赴く「リサイクル」された兵士たち。それが、この国が連邦に提供している最大の資源だった。
◇
領主の館に通された一行を迎えたのは、冷ややかな美貌を持つダークエルフの長、アルフィリオンだった。
紫色の肌に銀色の髪。その瞳は、深淵のように暗い。
「遠路はるばるご苦労。生きた客人は珍しいゆえ、歓迎しよう」
「歓迎だと? よくもぬけぬけと!」
エルフのシルフが、普段の冷静さをかなぐり捨てて食ってかかった。
「死者を冒涜し、あのような操り人形にするなど……エルフの面汚しよ! 自然の
シルフの怒気に対し、アルフィリオンは眉一つ動かさず、グラスに入った赤ワインを揺らした。
「冒涜、か。森のエルフらしい潔癖な考えだ。だがな、同胞よ。我々はこれを『再利用』と呼んでいる」
一方で、魔族の密偵二人は興味深そうに館の装飾――骨や魔石で作られたオブジェ――を眺めていた。
「見事な術式ですね。これほどの規模で死霊術を安定させるとは。魔界でもそうそうお目にかかれない」
「魂の定着率が高い。これなら生前の戦闘技術もかなり維持できるはずだ」
シルフは信じられないといった顔で魔族たちを睨んだが、アルフィリオンは満足げに頷いた。
「さすがは魔族の方々、お目が高い。この『反魂の術』は我が一族門外不出の秘儀。他国には真似できんよ」
「アルフィリオン殿」
ロイが二人の間に割って入った。
「僕もシルフの意見に近い。死者は安らかに眠らせるべきだ。これを非人道的だとは思わないのか?」
アルフィリオンはロイを見据え、静かに問い返した。
「では王子、問おう。死んだ兵士をもう一度戦わせるのと、生きた若者を新たに徴兵して死なせるのと、どちらが『人道的』だ?」
ロイは言葉に詰まった。
「我々が送り出す
「それは……」
「それに、我らダークエルフは、その見た目と魔術の異質さゆえ、どこへ行っても迫害されてきた。狡猾、邪悪、
アルフィリオンは自嘲気味に笑った。
「だが、このエレノア共和国連邦は違う。どんなに忌み嫌われる力であろうと、役に立つなら認める。思想も、種族も、倫理観さえも問わない『自由』がある。だからこそ、我々のような嫌われ者が、こうして国を持ち、生きる場所を得られているのだ」
必要悪。
平和なハーフリングの国も、このネクロゴンドから送られるアンデッドたちが最前線を支えているからこそ、戦場に駆り出されることなく農作業ができるのかもしれない。
清らかな理想と、泥沼の現実。その両方を飲み込んで成立しているのが、この連邦という巨大な国家だった。
◇
館を去る時、シルフは一言も口を利かなかった。彼女にとって、受け入れがたい現実だったに違いない。
だが、ロイの胸中はより複雑だった。
『アルゴス』の甲板から、再び行軍するアンデッドの群れが見えた。
彼らは何も語らない。痛みも、恐怖も感じない。ただ、生者の代わりに砕け散るためだけに歩き続ける。
「……タフリン王の言っていた『その国の数だけ考えがある』というのは、こういうことだったのか」
綺麗なだけの正義では、この大陸は救えない。
ロイは、灰色の空を見上げながら、割り切れぬ思いを抱えていた。
「行こう。次の国へ」
船は霧を抜け、次なる目的地へと加速する。
連邦の「自由」の懐の深さと、その底知れぬ闇を垣間見た一行は、重い沈黙の中でそれぞれの思索に耽っていた。
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