第3話 大陸への序章

 アレフ王国の円卓の間は、異様な緊張感に包まれていた。

 この島の指導者たちが一堂に会している。

 アレフドリア十五世、トーザの王、ゴンドラのドワーフ王、クリアのエルフの長老。そして、先日まで「敵」であったガイアスの王。

 彼らが視線を注ぐ先――玉座の隣に設けられた特注の椅子に、魔王マクマリスが悠然と座っていた。

「外敵、か。にわかには信じがたい話だが……」

 ゴンドラ王が太い髭をしごきながら唸る。

 会議の議題は、マクマリスがもたらした「世界の危機」についてだった。この世界の理の外から迫る、すべてを喰らう異形の軍勢。

「信じようが信じまいが、奴らは来る」

 マクマリスは冷ややかに言った。

「我々は、この島を難攻不落の要塞とせねばならん。だが、それだけでは足りん」

 マクマリスは円卓を見回し、問いを投げかけた。

「諸君に問う。この海の向こうに、何があるか知っている者は?」

 沈黙が落ちる。島の民にとって、海とは世界の「終わり」であり、その先を考える者は少なかった。

 だが、一人の男が静かに口を開いた。ガイアスの王だった。

「……我が国の古文書にのみ、記述が残っている。この海のはるか先、我らの島とは比べ物にならぬほど巨大な『大陸』が存在すると」

「その通りだ」

 マクマリスは満足げに頷いた。

「そして、その大陸は今、燃えている」

 マクマリスは、魔界の観測所が捉えた大陸の情勢を語り始めた。

「大陸は、大きく二つの勢力に分かれて永きに渡り戦争状態にある。一つは、八つの国が同じ理念の下に結束した『エレノア共和国連邦』。多様性を重んじるがゆえに、時に足並みが乱れる脆さも抱えている。もう一つは、東方を制圧した『アンドレア帝国』。覇王アンドレアという一人の男が、圧倒的なカリスマと軍事力で多くの国を従えている。苛烈な統治だが、それゆえの強固な結束を持つ」

 アレフドリア王が眉をひそめる。

「つまり、共和国連邦が善で、帝国が悪か」

「否」

 マクマリスは即座に否定した。

「どちらも、それぞれの正義を掲げて戦っている。帝国は『統一による恒久平和』を。連邦は『自由と多様性の維持』を。これは善悪の戦いではない。理念と理念の衝突だ」

 会議室の末席で話を聞いていたロイは、息を飲んだ。島の外に、自分たちと同じように、いや、それ以上に巨大な世界が広がっていたという事実に。

「マクマリス。その話が、我らの防衛とどう繋がる?」

 トーザの王が鋭く問うた。

「簡単なことだ。我々は、その大陸の勝者と手を組む必要がある」

 マクマリスは言い放った。

「外敵と戦うには、島の力だけでは足りん。大陸の力も必要なのだ。だが、泥沼の戦争を続けている彼らに、世界の危機を説いても聞く耳は持つまい。ならば――」

 魔王は、恐るべき提案を口にした。

「我らの手で、この戦争を早期に終結させる」

「正気か!」

 ゴンドラ王が椅子を蹴立てる勢いで叫んだ。

「他所の戦争に、我らが介入するなど!」

「正気だとも。このまま彼らが疲弊し、共倒れになることこそが最悪のシナリオだ。我々が介入し、どちらかを勝たせる。そして、勝利した側に『貸し』を作り、我らへの協力を約束させる」

 マクマリスの瞳には、一切の揺らぎもなかった。

「そのための使節団を編成する。いや、実力行使も辞さない『介入部隊』だ」

 マクマリスは壁際に控えていた者たちに視線を送った。

「ロイ王子。君のかつての仲間たち――ガガン、シルフ、アレフとトーザの者たちを再び招集する。これで八名」

 ロイは息を呑んだ。また、あの仲間たちと戦場へ?

「ガイアスからは、最新の魔導技術に精通した者を三名出す」

 とガイアス王が応じる。

「そして、我が配下からも二名加えよう。諜報と魔術に長けた、人の姿に近い穏健派の魔族だ」

 ロイ、ガガン、シルフを含む元別働隊の八名。

 ガイアスの技術兵三名。

 魔族の密偵二名。

 総勢十三名。それが、大陸の運命を左右するために送り込まれる部隊の全容だった。

「この部隊の指揮は、ロイ王子。君に一任する」

 マクマリスがロイをまっすぐに見据えた。

「待ってくれ!」

 ロイは思わず声を上げた。

「僕に、そんな大役が……。それに、どちらに味方するというんだ? 帝国か、連邦か。それを僕が決めると?」

「そうだ」

 マクマリスは静かに言った。

「私が決めてもいい。だが、それでは大陸の者たちは納得すまい。魔王に押し付けられた和平など、すぐに瓦解する」

「君が決めろ、ロイ。君のその目で、覇王アンドレアの掲げる『統一』と、エレノア連邦の守ろうとする『自由』、その両方を見極めてこい。そして、君が真に『島の未来のために手を組むべきだ』と信じられる理念に、その剣を捧げろ」

 それは、あまりにも重い責任だった。一つの大陸の歴史を、この若き王子の双肩に背負わせるというのだ。

 父であるアレフドリア王が、苦悶の表情で息子を見つめる。だが、彼は何も言わなかった。マクマリスの真意と、息子の成長を、誰よりも理解しているがゆえに。

 ロイは拳を強く握りしめた。かつて、魔王を討つという「物語」を信じて疑わなかった自分はもういない。現実は複雑で、泥にまみれていることを知った。

「……わかった。その大役、引き受けよう。僕の信じる正義が、島の未来に繋がると信じて」


    ◇


 一ヶ月後。ガイアスの港には、見たこともない形状の船が停泊していた。

 ガイアスの科学と魔族の魔術が融合した、空をも翔けるという魔導飛行艇『アルゴス』。

 甲板には、十三名の仲間たちが集っていた。

 屈強なドワーフのガガン。静かに弓を携えるエルフのシルフ。最新鋭の装備に身を包んだガイアスの兵士たち。そして、フードを目深にかぶり、魔族の気配を消している二つの影。

 ロイが最後の一人としてタラップを上る。

 港には、マクマリスが見送りに来ていた。

「一つだけ忠告しておくぞ、ロイ」

 マクマリスが、いつものあざけるような笑みではなく、真剣な眼差しで告げる。

「大陸の覇王アンドレアは、私が知る限り、この島にいた誰よりも狡猾で、誰よりも強い。……決して、油断するな」

「肝に銘じておく」

 ロイは頷き、仲間たちに向き直った。

「諸君、我々の任務は戦争の終結だ。犠牲は最小限に。だが、成すべきことは成す! 出航だ!」

 ゴオオ、と魔導機関が唸りを上げ、『アルゴス』はゆっくりと浮上する。

 目指すは、海の彼方、戦乱渦巻く未知の大陸。

 アレフの王子ロイの、本当の戦いが今、始まろうとしていた。

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