第2話 魔王の真意
玉座に頬杖をつきながら、私は眼下に広がる光景――人間たちが「悲劇的な敗北」と呼ぶであろう茶番劇――を見つめていた。
「ようこそ、英雄の末裔たちよ。待っていたぞ」
私の声に、彼らは戦慄したようだ。アレフの王子ロイ。まっすぐな瞳をした、良き若者だ。三百年前の私欲にまみれた先代魔王が相手なら、彼のような男が本当の英雄になったのかもしれない。
だが、今は違う。
彼らが決死の覚悟で振るう剣を、私は指先一つでいなす。彼らの目には、私が圧倒的な力で仲間を屠っているように見えているだろう。
実際には、命に関わらない急所を正確に突き、強力な睡眠魔法をかけているだけだ。ドワーフの豪快な斧も、エルフの精緻な弓も、私の掌の上での遊戯に過ぎない。
「……く、そ……」
最後に残ったロイが、悔し涙を流しながら崩れ落ちる。
私は彼の意識が途切れる寸前まで、冷酷な魔王の仮面を被り続けた。
「やれやれ、骨の折れる仕事だ」
全員が完全に意識を失ったことを確認し、私は大きくため息をついた。
玉座の影から、ガイアスの将軍が姿を現す。その目は「虚ろ」などではなく、理知的な光を宿していた。
「見事な演技でございました、マクマリス様。彼らは完全に、我々が残虐非道な侵略者だと信じ込んだでしょう」
「必要なプロセスだ。彼らの『英雄物語』を一度完全に終わらせなければ、新しい現実は始められない」
私は眠るロイ王子を見下ろした。
「少し眠れ、若き英雄よ。目が覚めた時こそ、本当の戦いが始まる」
◇
私がこのエスペル島に軍を進めたのには、明確な理由があった。
魔界の観測所が、この世界の外側から接近する巨大な「脅威」を捉えたのだ。それは、魔族の力をもってしても単独では対抗しきれない、すべてを喰らい尽くす異質の軍勢だった。
この島は、その脅威に対する最初の防波堤となる位置にある。
私は即座に計算した。この島が生き残るには、全種族が完全に統合された指揮系統下で、総力戦の準備をする必要がある。
だが、三百年前の遺恨は根深い。私が平和的に「協力」を要請したところで、人間たちが耳を貸すはずがない。議論と反目を繰り返している間に、防波堤は決壊するだろう。
だから私は、「悪役」になることを選んだ。
最初にガイアスを選んだのは、彼らが最も話の通じる相手だったからだ。
私は彼らの首都に少数の精鋭とともに出現し、王と直接対話した。脅威の証拠となる観測データを見せ、彼らの技術力が必要だと説いた。
「降伏か、滅亡かを選べと言っているのではない。共闘か、全滅かを選べと言っているのだ」
合理的なガイアス王は、即座に状況を理解した。彼らの機械化部隊が私の軍門に下ったのは、洗脳されたからではない。彼らは、来るべき本当の敵と戦うために、最も勝率の高い道を選んだのだ。
ロイ王子が戦場で見たガイアス兵の目が虚ろだったとすれば、それは彼自身の恐怖心が見せた幻影か、あるいは、世界の終わりを知らされた兵士たちの悲壮な覚悟の表れだったのかもしれない。
◇
ロイが目を覚ましたのは、古城の清潔な一室だった。
天蓋付きのベッドから飛び起きた彼は、隣のベッドでガーガーといびきをかいているドワーフのガガンや、静かな寝息を立てるエルフのシルフを見て、我が目を疑った。
「みんな、殺されたと思っていたが、どういうことだ?」
自身の身体にも、目立った外傷はない。ただ、体力を使い果たしたような重い疲労感だけが残っていた。
武器は見当たらない。丸腰のまま、彼は警戒心と困惑を抱えて部屋を出た。
長い回廊の先、謁見の間。
扉を開けると、そこには先日と同じように玉座に座る私がいた。ただし今回は、禍々しい魔力は抑え、書物を片手にくつろいでいたが。
「目が覚めたか、アレフドリアの息子よ」
「貴様……! なぜ我々を生かした? どんな気まぐれだ!」
ロイが喰ってかかる。私は本を閉じ、静かに彼を見据えた。
「この地に、危機が迫っている」
私は彼に、全てを話した。
外宇宙から迫る捕食者たちのこと。ガイアスが降伏した真の理由。そして、私がなぜこのような強硬手段を取らざるを得なかったか。
「信じられるか。三百年前に我々の先祖を虐殺しようとした魔族の王が、今さら世界を救うために来たなどと!」
当然の反応だ。私は玉座から立ち上がり、ゆっくりと彼に近づいた。
「魔界の王は、血統や選挙ではなく実力で勝ち取る仕組みだ。三百年前に軍を率いた先代は、確かに好戦的で非情な男だった。力こそあったが、視野が狭かった」
私は彼の手を取り、その目に自身の魔力を少しだけ流し込んだ。言葉よりも雄弁な、私の「記憶」の一部を彼に見せる。
迫りくる異形の影。燃え盛る魔界の都市。私が守ろうとしているものの真実。
「私は違う。私の派閥は魔界では少数だが、現に今、王の座にいるのは私だ。私が王であるうちは安心してくれ。貴様たちと敵対する意志はない」
ロイは混乱していた。流し込まれた記憶の奔流と、目の前の現実とのギャップに揺れている。
「では……父上は? 我が国の兵たちは?」
「死者は出ていない。少なくとも、致命的な数はな。君の父上は今頃、ガイアス王から同じ説明を受けているだろう。頑固なドワーフたちには少し手荒な『説得』が必要だったが、彼らも生きていた方が役に立つ」
私は彼に背を向け、窓の外、統一された島の旗が翻るのを見た。
「私は君たちを『統一』した。多少強引な形ではあったが、これでようやくスタートラインだ。……ロイ、君には人間たちと我々魔族との橋渡し役になってもらいたい」
ロイはすぐには答えなかった。当然だろう。昨日までの仇敵と手を組めと言われて、即答できるはずがない。
だが、彼は思慮深い男だ。感情だけで動く愚者ではないことを私は知っている。
「……もし、あなたの言葉が全て真実で、その脅威が本当に迫っているのなら」
長い沈黙の後、ロイは絞り出すように言った。
「僕には、あなたを信じる以外の選択肢はないのかもしれない。だが、許したわけじゃない。僕たちの国を蹂躙したことを」
「それでいい。私を許す必要はない。ただ、利用しろ。生き残るために」
私は微笑んだ。これでいい。
「完全懲悪」の物語は終わった。これからは、
魔王である私が、その全ての業を背負う泥臭い戦いが。
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