1章 公式02:このベッド、せますぎる


 最近亮太と帰れてない。練習試合の前だからとかで、珍しく真面目にサッカー部に顔を出している亮太は、部活帰りに友達と夜ご飯を食べてくることも多くて帰りが遅い。

 夜ご飯もお風呂も済ませてから、亮太の家の玄関前に座り込んだ。亮太の家のWi-Fi使ってポータブルのゲームやるから何時間でも帰りを待てる。金曜日だから亮太の家に泊まるつもりでいた。家にいたら舞花もたけるもうるさいし。ママも俺が亮太の家にいるぶんには大歓迎みたいで何もいわない。

「赤丸さんこんばんはー」

『珍しいね、スイッチ誘ってくれるの』

 内蔵のボイスチャット機能でゲーム友達と話せる仕様がありがたい。赤丸さんは俺のFPSの神様でゲーム配信者。中一のときにたまたま某ゲームで知り合ってから超崇拝してる。

「うん、友達待ってて暇だから」

『俺を暇つぶしに使うの?悪い子だねー』

 赤丸さんが冗談めかして、喉の奥で笑った。

「だってまじでやることない」

『なんかやる?スイッチのゲーム』

「赤丸さんスイカしか持ってないじゃん」

『rizがやりたいのあるなら買うけど』

 rizは俺のオンラインIDだ。律をもじっただけ。長い付き合いだから赤丸さんは俺の下の名前を知ってるけど、ゲーム中はIDで呼ぶことが多い。

「いいよ、話したいだけだから」

『そっか。なに、誰を待ってるの?彼女?』

 絶対違うってわかってるくせに含み笑いで聞いてくる。

「彼女いないよ。近所の男の友達。今日泊まるから帰ってくんの待ってんの」

『なんだ、金曜なのにランク行かないの?おまえの席空けようと思ってたのに』

 ランクってのはゲーム内の自分のランキング上げをする苦行のこと。赤丸さんは神だから予約しとかないとパーティメンバーはすぐ埋まっちゃう。

「やりたいけどさ、俺テストやばかったから。教えてもらうんだ」

『そっか、偉いな。高校生だもんね』

「うん高一。赤丸さんは?還暦?」

『何言ってんの!十二歳だよ』

「それはうそ、うそつき!」

 赤丸さんと話してると面白い。FPS神なのに全然偉ぶらないし、俺がクソガキな中学のときから根気よくこの世界のオキテを色々伝授してくれてた。年齢不詳の神。

 ランクの話で盛り上がってたら、しばらくして真っ暗な玄関に人影が見えた。

「りょた!おかえり」

「ただいま」

 部活がよっぽど疲れたのか、顰めっ面だ。もう夜の九時だもんな。

「赤丸さん、友達来た!また誘ってお願いプリーズ」

『いつでもー。じゃーね』

 あっさりとボイスチャットが切れる。ランク、やりたかったな。名残り惜しくゲーム機の画面を眺めてたら、亮太が俺の頭を撫でて目を合わせてきた。すぐにスッと目が逸らされる。

「ずっと待ってた?」

「うん。今日泊めて。あと勉強教えて?」

 玄関の鍵が開いたから、俺はさっさと上がり込んだ。返事はもはやどうでもいい。

「俺汗くさいから先、風呂行くけど」

「ここで待ってるー」

 スイッチを適当に玄関に置いて、俺はリビングのソファに寝転んだ。

 亮太のパパは長距離トラックの運転手でほとんど家にいない。亮太の一人暮らしみたいなもんだから、気楽だった。寝転がったらだんだんうとうとしてきて、俺は眠気に負けて目を瞑った。


 耳の下あたりをさわさわ触られてる。くすぐったさにうっすら目を開けた。

「なに」

「ここ、蚊に刺されてる」

 風呂上がりの亮太が頭をタオルでガシガシ拭きながら俺を覗き込んでいた。そう、まだ五月なのに蚊がむちゃくちゃいる。なんなら夏よりいる。

「俺、蚊に刺されやすいんだよ」

 あんまり痒くなかったから忘れてたけど、寝転がったまま服をあちこち捲って蚊に刺された箇所を数えた。

「……ここも」

 横腹にもできてる痕を亮太が触ってきた。くすぐったい。

「りつ、O型?」

「ふふくすぐった!やめろ!」

「やだ」

 抵抗したら亮太がムキになってくすぐってくる。魚みたいにビクビクしてしまった。やり返しても良いけど、こいつはいつも反応が薄いからつまらない。一方的にやられるのも癪だから笑いを堪えて、亮太の服の上からお腹をくすぐる。

「ふ……くははっ!」

 だめだ、そんなことより笑いを我慢できない。我慢しようとすると変な声が出そう。くすぐったすぎて、人をくすぐるどころの騒ぎじゃない。

 中途半端に拭いただけの亮太の髪から、ポタポタと水滴がほっぺに落ちてくる。

「あはは!やめい!」

「——むり。いてっ」

 軽く蹴飛ばすと、亮太は大袈裟によろけてリビングの床に転がり、そのまましばらく丸まっていた。

「何やってんの?りょたの部屋行こ。漫画の続き見たい」

 亮太を乱暴に揺り起こして、勝手に階段を上る。図々しくはない。お互いの家が、自分ちみたいなもんだから。追いかけてきた亮太が、俺を後ろからクマのぬいぐるみみたいに抱いて肩に顎を乗せてきた。シャンプーのいい匂い。でもまだ湿ってる。

「勉強は?」

「あとで。おまえがくすぐるからやる気なくなった」

「ごめんて」

 そんなしょんぼりすんな、やる気なんかいつもだいたい無いんだから。

 二階の廊下のニッチからハマってる漫画を物色した。亮太のパパがシリーズで集めた長編漫画だ。この前たしか第三部の四巻まで読んだから、たくさん読むつもりで続きを三冊取って亮太のぐちゃぐちゃのベッドに寝転がった。



 なんか懐かしいような昔の夢を見てて、ハッと目が覚めた。さあっと夢が引いていく。

 また寝落ちしてたらしく、たぶん真夜中だった。せっかく明日休みだから夜更かししたかったのに、俺ももしかして成長期だから眠いのかな。

 電気は消されて真っ暗で、狭いシングルベッドにみちみちになって二人で寝ていた。ちょっと前まで余裕で二人で寝られたのに、このベッド、縮んだ?それとも亮太が巨大化したの?明らかにサイズが合ってない。

 亮太が後ろから抱き枕みたいに俺をがっちりホールドしてる。

「んー、重っ。りょた邪魔」

 どかそうとしてもどっちみちこのベッドじゃ狭くて、どっちかが犠牲になるしかない。毛布だけ持ってって下のソファーで寝ようかなとも思ったけど、なぜか腕が解けない。むしろさっきより強く抱き寄せられた。寝てるはずなのに、なにこの馬鹿力。

「りつ……」

「え?なに、起きてんの?」

 反応はない。

「寝言?りょた?」

「りつ、かわいい……俺の」

「ちょっと重い、まじで。くるしっ……りょた!」

 俺のこと吸収合併するのかと思うくらい腕に力がこもって、骨が軋んだ。肺が潰れるかと思った。叫んだらふっと力が緩んで解放された。寝ぼけてたのかな。危ない危ない、圧死するところだった。呼吸を整えてから、移動するのも面倒になってもう一眠りした。



 土曜日だったから十時までだらだら寝ていた。亮太は部活があったのにバックレたらしく、早朝から机の上のスマホがひっきりなしにピポパポ鳴っている。

「りょた、部活あったんなら先に言ってよ」

 俺を抱き枕にして離れない亮太に、起きている態で話しかける。うーと唸ると亮太は俺の首筋に顔を埋めてクンクン犬みたいに匂いを嗅いだ。やっぱりもうさすがに覚醒してるし、くすぐったい。

「怒られない?」

「大丈夫。俺、レギュラーだから許される」

「まじ?一年なのに?」

「うん。弱小ポンコツサッカー部だもん」

 むちゃくちゃな悪口いうな。

 それより亮太が喋るたびに首筋にふうふう息がかかって背中がぞわっとする。俺がくすぐったがるとこいつはムキになるから、バレないように身もだえた。

「サッカーおもしろい?」

「うん、でもおまえのほうが良いよ」

「それどういう比較?タマと俺を並べんな。そんなことよりお腹空いた。おしっこも5リットル溜まってる」

「それ飲みたい」

 寝過ぎて頭がフワッフワになったのか、うわ言をほざいている亮太はほっといて俺は絡まる腕からなんとか抜け出した。このベッドで二人で寝るのはもう限界だ。体がカチコチになっちゃう。次は寝袋持参かな。

 なんだかんだ俺と一階に降りた亮太が、なにかの有名なアニメで見たような目玉焼きが乗ったトーストの朝ごはんを作ってくれた。俺はママに全部任せきりでキッチンに立つとオロオロするし、大さじ3/4って意味がよくわからなくて大さじ4杯入れた前科もあるけど、亮太は手慣れてて料理もレシピを見たらちゃんとしたのが作れるっぽい。

「りょた、朝ごはん美味しい。ありがとー」

「うん、りつのママ目指してるから」

「え?まだ狙ってるってこと?諦めたって言ったじゃん」

「今狙ってるのは息子の座」

「それもダメでーす。俺がいるもん」

「だからだろ」

「……え?なに。ワケワカメ」

 亮太、頭おかしくなっちゃったのかな。頭良いくせに日本語が通じないや。宇宙人との対話は諦めて、何かおもしろいDVDがないかな、とリビングのテレビ台を漁った。

「じゃじゃーん」

 幼稚園のときのお遊戯会のDVDが出てきた。亮太と俺が年少さんで同じひよこ組になったときのだ。

「なつかしいなー」

「だめ、それ。大事。俺の宝物」

 取り上げようとしてくる亮太を制して、DVDをプレイヤーに入れると出番のとこまで早送りした。ソファーで並んで座って鑑賞する。

 詳細はなにもかも忘れたけど、ライオンの衣装の俺たち。亮太も隣で踊ってる。このときはまだ背が同じくらいだし、二人とも赤ちゃんだ。俺はときどきテンポがずれてて、振り付けもよく覚えてないのか、上手いこと踊ってる亮太や見本の先生をちらちら見ながら必死に動きを真似している。最後にみんなでガオー!ってポーズを決めて拍手で終わった。めでたしめでたし。

 気づくと隣りで亮太が頭を抱えていた。

「なに」

「りつ、かわいい」

 そりゃそう。三歳か四歳だし。

「りょたもかわいいよ。こんとき。今は馬鹿だけど」

「おまえは今もかわいい。むしろ怖いくらいてっぺん突き抜けてく、毎日」

「ほえーそりゃどうも」

 こいつの発言をいちいち気にすると身がもたないから、俺はさらりと素麺のように流すことにしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一日三回の公式 @INUNAZUNA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ