一日三回の公式
@INUNAZUNA
1章 公式01:始まりはこんな感じの日常
五月。入学式から一ヶ月経って少し落ち着いた。新しい制服は俺がまだ成長することを見越してブカブカで、なんか馴染まない。
「今日うちくる?」
みんながみんなこいつみたいにすくすく育つわけじゃないのに。俺は隣を歩いてる亮太を見上げた。
「ママがお菓子作るからおいでって」
「やった」
甘いものが苦手な俺に食べさせても感想が「すっごく甘い」の一辺倒でつまらないらしくて、ママはお菓子を作るときは必ず亮太を家に呼びたがる。亮太が料理を作れるようになったから、最近ではおすすめのレシピを教え合うくらい仲良しだった。
——俺、りつのママと結婚する!
そういえば、俺たちが幼稚園の年長さんか小学校入学したてのミニチュアサイズだった頃、亮太がうちのママにしつこくしてたんだった、プロポーズ。
「りょた、覚えてる?うちのママ狙ってたこと」
いつのまにか言わなくなったけど、いつ悟ったんだろう。亮太が照れたように笑った。
「おまえのママの飯が美味いから」
「今は?」
「諦めた、おまえのパパに悪いじゃん」
「あ、そうなの」
そりゃそうか、そうじゃなきゃ困る。ママは十六歳で俺を産んでるから若くて美人で未だにパパとは熱々のラブラブだし、この世は諸行無常の響きありだし。
「りつ、そのあとのことも覚えてる?」
ふいに亮太が立ち止まって俺の腕を引いた。そのあとってなんだ?ミニ亮太がうちのママに盛んにプロポーズしてたこのホッコリエピソードに後日談なんてあったっけ?俺は首を捻った。
「なんのこと?」
「なんでもない。期待した俺が馬鹿だった」
「なに。悪口?それ」
話してる間に家の前についていた。通ってる公立高校と俺たちの家はむちゃくちゃ近い。斜め向かいの自分の家には帰らずに、亮太は今日は直接ウチに来るみたい。
玄関を開けたら小麦粉と砂糖と卵がフュージョンしたような甘い匂いがした。
「りっちゃん!あー!亮太くんも、おかえり!」
ママがパタパタ走ってきて、亮太を見てテンションが上がったのかちょっと踊った。
「りつのママ、おじゃまします」
亮太がとろけた顔でへらっと笑った。
高校を辞めて俺を産んでからずっと専業主婦のうちのママ。掃除と料理と子供が大好きで、お金さえあれば五人目がほしいって未だに言ってる。四人目も居ないのに。そんじょそこらにいないくらい美人だけど、興が乗ると来客中でもお構いなしに突然ミュージカルを歌って踊りだすような変な人でもある。
パパは不動産会社の営業マン。
「あー!りょたきた!じゃあみんなでウノやろ!」
リビングに入ると、クッキーをぼろぼろこぼしながら貪っていた弟のたけるが歓声を上げた。妹の舞花はそれを聞いて牛乳を飲みながらキレてる。白ヒゲもできてる。
「あんた負けるとすぐ泣くじゃん!りょた、うちとYouTube見よ!それか宿題教えて!」
「たける泣かないよ!ウノ!ウノ!ウノ!」
「どうしよっかな。食ってから決めよ?」
亮太がへらへらしながら二人の真ん中に座った。さりげなく俺の定位置を奪われている。俺は巻き込まれ事故を防ぐためにソファーの方にそそくさと移動した。
これが俺の大事な家族。もちろん幼馴染の亮太も含めて。
◆
亮太とはクラスが違う。あいつは中学のときからサッカー少年で、高校では幽霊部員だけどたまにやたらと朝が早い。今日は起きたらもう学校に行ってたみたいで、チャイムを押しても出てこなかった。朝練行くならついでに起こしてくれても良かったのにあやうく俺が遅刻するとこだった。
俺は部活なんてやってないから、早朝に学校きても暇なんだけど。
担任の現国の先生が出張で、四時間目は後半が自習だった。やった!真面目に予習してる人と、喋っている人と半々だ。しばらくうつ伏せて寝ていたら、ナリに肩をポムポム叩かれた。ナリは俺の前の席。
「こないだの英語の小テストどうだった」
「16点。あさって再テスト」
嫌なこと思い出して顔がギッてなった。
「おまえ、顔はかわいいのに馬鹿だよな」
「顔関係なくない……?」
俺と舞花はママに似てきつい美人って親戚には言われる。たけるはパパ似でしゅっとした塩顔らしい。
「ナリは?何点?」
「48点」
「俺55点!」
隣の席のゆうが意気揚々と会話に入ってくる。なんか誇ってるけど、100点満点中だからね?
「ナリもゆうも変わんないよ、俺たちどんぐりだね」
「どんぐり……?」
ゆうが訝しげに呟く。48点のほうの馬鹿が俺をシャーペンでつんつんした。
「おまえよりマシ、そんな馬鹿で将来どうすんの?」
「プロゲーマー」
「馬鹿?」
俺は本気だ。師匠もいるし修行もしてる。ゲームの修行に力が入りすぎてたせいで英語がおろそかになってただけで、ちゃんと巻き返す算段もあるし。
「俺はへいきなの!りょたに教えてもらうから」
「あー、中村亮太?近所だっけ?」
ゆうは情報通。
「そう幼稚園からいっしょ」
それに亮太はデカくて格好いいから、一年生ならたぶんみんな名前を知っているはずだ。ナリがつまんなそうにシャーペンをくるくるした。
「あいつ頭良いのに、なんでこんな底辺校きたんだろ」
「家から近いから!以上!」
「それだけ?」
ゆうが驚いていた。俺もびっくりしたけど、亮太は中学のときはJユースとかいう凄そうなとこでサッカー頑張ってたのに、強豪校の推薦も蹴って、なんでかこんな地元の高校で今はのんきにしてるんだ。
「りょたも実はむちゃくちゃ馬鹿なんだよ」
「あ、やべーぞ律!口を慎め!うしろ!」
ダンダン、と焦ったナリに机を叩かれて、振り返ったら亮太が教室の後ろのドアから入ってきたところだった。デカい。俺を見つけて真っ直ぐこっちに歩いてくる。教室の隅で女の子たちがきゃあきゃあしていた。俺も亮太の顔は好きだから気持ちはわかる。
「南先生、出張でしょ。一緒に昼飯食べよ」
もう決まってることみたいに亮太は言った。
他のクラスに移動して昼ごはんを食べるのは禁止だけど、今日は先生が出張だからバレないはず。どこからそんな耳寄りな情報を仕入れるんだろう。
「いーよ、ね?ナリ、ゆう」
「お、おー」
と、ナリ。ゆうもぎこちなく頷いてた。
ナリの隣の席の女の子が気を遣って譲ってくれた椅子に当然のようにナリをどかして、亮太は俺の前に座った。みんながお弁当箱を広げる中、亮太はコンビニの菓子パンとお茶だけ机に出した。
「中村、昼それだけ?」
ナリがギョッとしていた。
「いつもだよ」
「そんな飯でよくそんなにデッカくなれんな」
「うち母親いねぇから、朝弁当作んの面倒くさくて」
「あ、そうなんだ……」
あっさりと答えた亮太と対照的に、ナリは気まずそうにした。あまりにも日常化しすぎて俺もつい忘れがちだけど、そういえばそうだった。
「りょた、今日は朝練もあったのに足りなくない?俺のと交換しよ」
俺のはママのお弁当だ。綺麗に色々詰めてあるし、なんか毎日気合い入っててボリュームがすっごい。二人前。小腹を空かした亮太にぴったりだ。
「え、いいの?」
「遠慮すんな。成長期なんだからいっぱい食えよ!」
「それはおまえもだろ!」
俺がバシバシと亮太の肩を叩くのを見て、ナリが突っ込んだ。
「うちの家系みんな背低くてガリだし、食べても大きくなんないよ。どうせ。デブるだけ」
ちなみにパパはヒョロっとしてるけど背は高いから、体型もパパ似の弟のたけるは俺よりも成長するのではないかと山上家では専らの噂になっている。
「チビでガリで馬鹿で、ほんとどうすんのおまえ」
「おまえ言い過ぎ!」
何その悲惨な三拍子。いちおうフォローしてくれたゆうもギャハハって爆笑してるし。俺は鼻を鳴らした。
「ナリうるさっ、うるさ馬鹿!」
腹立ちまぎれに菓子パンにぱくついた。ちらっと亮太を見るとこっちをじっと見つめている。なんだなんだ。笑いかけたらフイと目を逸らした。
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