第3話 青煉瓦亭


「さて、どうすっかな」


ギルドを出てすぐに、首を捻って考える。

西側の海を見ると、遠くに夕陽が水平線に沈みかけている。

桟橋には二本マストや三本マストの帆船が何隻も連なるように繋がれていて、さらにもう一隻、大型船が港に入って来ていた。


「……今からじゃ、時間的に少し遅すぎるわな。まぁ動くのは明日からでもいいだろ」


おまけにどうも、雲行きも怪しい。しばらくすれば雨になるかもしれない。

どうせ既に、半月も遅れてしまっている依頼だ。あと一日遅れるくらいは誤差の範囲内だろう。うん、そう決めた。


「となると、今日は久しぶりに一杯やりに行くとするか」


半月も不本意な禁酒をした後だ。きっと今日は、美味いエールが飲めるだろう。間違いない。

そう考えると、自然と頬が緩んでくる。


港街、ヴァルミアには酒場や娼館なんかが集まる盛り場がふたつある。

ひとつ目があるのは港の近くで、こちらはほぼ荒くれ者の船乗り専用だ。

はるばる船旅をしてきた船員どもが、久し振りの陸で羽目を外すための場所だ。だからどうしても、騒々しい上にトラブルも多くなる。


となると今日俺が行くべき場所は、港の近くとは別の、街の南側にあるもうひとつの飲み屋街だ。

そうと決まれば善は急げ。俺は早速、街の南側へと足を向けた。


北のほうから、湿った海風が頬を撫でて流れて行く。

水分を多く含んだ潮風は、乾いた風よりもどっしりと重い。

そよ風程度でも、しっかりと頬に通り過ぎる風の感触を残していく。


冒険者ギルドから歩くこと四半刻、今日の目的地である酒場、青煉瓦亭あおれんがていに着いた。

丁度太陽が水平線にすっかり沈みきったようで、あたりはいつの間にか、夜の影に包まれている。


青煉瓦亭は、一階の壁の一部を取っ払って開放感を演出した、オープンな造りの酒場だ。

酒場なので酒がメインとはいっても、もちろん食事もできる。


そして二階には、お楽しみが待っている。簡単に言やあ、連れこみ宿ってやつだ。

連れ込む女は、自前で用意しても良いし、――もちろん割増料金がかかるが――ウェイトレスでも構わない。金があればな。

酒場の中央は吹き抜けになっていて、見上げると吹き抜けを囲む二階の回廊が良く見える。その回廊沿いにはいくつもドアがついていて、それぞれベッドの置かれた小部屋に繋がってる。

ベッド以外はなにもないが、それで必要十分ってわけだ。


よく利用する俺の行きつけの酒場でもあるし、逆に冒険者としてトラブルの解決を依頼されることもある。言ってみれば、お互いがお互いのお得意様って関係だ。


まだ酒場で飲むにしては早い時刻だというのに、多くの席が既に客で埋まっている。

商売繁盛で結構なことだ。


そしてそのテーブルの間を、若くて美しいウェイトレスが五人から六人、常に歩き回っている。

ウェイトレスの種族は人族が多いが、他に獣人や竜人もいる。

客はテーブル席で飯を食い、酒を飲みながらウェイトレスを鑑賞し、気に入れば共に二階に上がるってわけだ。一夜の夢を共にするためにな。


俺は空いた席を探して、テーブルの間をのんびり歩く。

前から歩いてきた馴染みのウェイトレスの少女、モニカが俺にニコリと笑いかけた。


「久し振りね、リュード。リュードもやっぱり、例の歌姫が目当てで来たんでしょう? 耳が早いわね」

「ん? なんのことだ? 俺は歌姫なんて知らないぜ」

「あら、それじゃあ運が良かったのね。今日は面白い出し物があるから、楽しみにしていて」


そして俺の頬に軽くキスして、あっさりとモニカは離れて行った。


「よお! リュードじゃねぇか! 久し振りだな。こっちに来いよ!」


しわがれた声で俺を呼ぶのは、ゴダーという名の、ドワーフの鍛冶師だった。

抜けた前歯の間から、泡になった唾を撒き散らしながら怒鳴っている。手に持っているのは薄い板で作った遊戯用のカードだ。


「なんだよ、ゴダー。懲りずにまたカードをやっているのか。どうせ負けるくせによ」


このダメドワーフは賭け事が好きなのだが、はっきり言えば下手の横好きってやつだ。俺は今まで、ゴダーがカードで勝っているところを見たことがない。


「るっせえぞ!! 今日は調子が良いんだ。今までの負け分も、今日で取り返してやるぜ!」

「へえへえ」


弱いやつに限ってそういうことを言うんだよな。

何度負けても強気でいられるってのは一つの才能かもしれないが、博打の役には立たない種類の才能だ。


一応ドワーフらしく、ゴダーも鍛冶場で働く職人ではあるのだが、腕は悪い。

すぐに折れる槍、あっと言う間に曲がる剣、ゴブリンの棍棒にも耐えられない盾。それらを鍛えさせるなら、ゴダーの右に出る者はいないだろう。

おまけに酒と博打に目がなくて、稼いだ金はあっと言う間に使い切り、酔い潰れて道端で寝ているような、どうしようもない男だ。


「しかしゴダー。よくお前みたいなヘボ鍛冶師が工房を首にならねぇよな」

「うるせえ、リュード! てめぇ喧嘩売ってんのか!?」


いや、単に本気で不思議なだけだが?

それは親方の器が大きいせいかもしれないが、俺はゴダーがなにか親方の弱みを握っているんじゃないかと疑っている。


俺は小さく鼻を鳴らして、ゴダーの隣の席に腰を下ろした。

そこは、店内の右奥にある、薄暗いテーブルだ。

このあたりは、わざと壁に掛けたランプの芯を細くしてあるのだ。ここの女主人は、そういう少し薄暗い席に好んで座る者がいることを、ちゃんとわかっているのだ。


椅子に座ると、腰に下げた長剣が邪魔になる。

だから剣を腰帯から抜き取ると、雑にテーブルに立てかけた。

すると、隣から手が伸びてきて、断りもなく俺の長剣をむんずと掴む。


ゴダーは鞘から剣を抜いて、遠慮のない目でジロジロと眺めた。


「ふん。相変わらずしょーもねぇガラクタを使っていやがるな。ただの安っぽい数打ちの鉄剣じゃねぇかよ。え、リュード? お前仮にも上級冒険者だろうが。もっとマシな代物を使えや」

「余計なお世話だ。そんなのでも、お前が鍛えたなまくらよりはいくらかマシだぜ」

「はっ! ちげえねぇ!」


なにがおかしいのか、ゴダーは喉を震わせて笑う。

剣を鞘に収めて放り出すと、テーブルの上にあった酒瓶を握り締め、コップも使わずにそのままラッパ飲みした。


俺とゴダーとは、今夜のようにたまたま一緒になった酒場で知り合った。

友人とまでは言えないが、顔を合わせれば一緒に酒を飲むことはある。

ゴダーの汚い面は、素面ではとても耐えられないが、酔ってしまえばなんとか我慢できないこともない。


丸テーブルの上にはカードが散らばっていて、席についてゴダーと共に賭けに興じているのは似たような風体のくたびれた男たちが三人ばかり。

カード以外にテーブルに乗っているのは、酒瓶とコップが人数分。

男たちの一人は、さっきからしきりにクチャクチャと音を立てて噛み煙草を噛んでいる。


やがて一勝負終わり、一人の男がカードをまとめ、シャッフルし、――俺に向かって顎をしゃくって見せた。


俺はそれとなく男たちの様子を確認した。――どうやら、本職の博打うちが紛れ込んではいないようだ。

特にイカサマをしているような、怪しい動きもない。

ならば、純粋な運の勝負だ。


俺が小さく頷くと、手元にカードが飛んでくる。

五枚のカードを掴んで、目の前に扇状に広げる。

ま、普通の手だな……


「……最近顔を見なかったが、珍しく外の仕事でもしていたのか?」


ゴダーが視線をカードから動かさずに訊いてきた。


「いいや。街の中にいたさ」

「ケッ、なんだ、サボってただけかよ!」


そういうわけじゃないんだが、怪我をして休養を取っていたと、本当のことを明かしたところで俺に得なことはなにもない。

ただ肩をすくめて見せて、俺は手札をいくつか場に出した。


しばらくの間、順番に男たちがカードを手元から場に放っていく。

その合間に舌打ちの音が鳴り、誰かが酒を呷り、また別の誰かが唸り声をあげる。


――俺は、テーブルの上に自分のカードをポイっと投げ出した。


「……あがりだ。悪いな」

「くそがっ」


俺はテーブルの上の銀貨を両手でかき集め、ゴダーは悪態をついてカードを空中にばら撒いた。



          ◇◆◇◆◇◆◇



ゴダーと共に、陶器製のコップを乱暴にぶつけ合う。


「幸運の神、ミルセアに!」

「酒の神、ヴァルドールに!」

「このクソドワーフめ、祈るならせめてドワーフらしく鍛冶の神に祈れってんだ」

「ケッ、てめぇにドワーフのなにがわかるってんだ! ドワーフが最大の敬意を払うのはヴァルドールと原初の時代から決まってんだよ! てめぇのほうこそ、祈る相手が違うんじゃねぇのか?」

「あん? 幸運以外のなにに祈れってんだ!?」


エールを呷り、カードを見て、ゴダーと軽口を叩き合う。

一人がうつらうつらと舟を漕ぎ、噛み煙草の男が下手なイカサマをやろうとする。だが俺が睨むと舌打ちして、煙草を床に吐き出した。


視線を上げると、壁に飾られた、船の舵輪が目に入る。

この酒場の床は味も素気もない真っ白なタイル張りだが、壁には舵輪にいかり、オールにロープなど、船上で使う道具が飾られていて、なかなか面白い。


ここの女主人――ルシェルという名前の若い獣人だ――は、八年ほど前にこの青煉瓦亭を、前のオーナーから譲り受けたらしい。

ルシェルがこれらを飾ったとは思えないから、ルシェルの前のオーナーの頃からここにあった物だろう。

なんにしろ、港街であるヴァルミアの酒場には相応しい装飾だ。


名前の通り、煉瓦造りの建物で、その煉瓦はペンキかなにかで青く塗られている。

だがその塗料も、ところどころ剥げかけていた。このままでは近い内に、店の名前の由来がわからなくなってしまいそうだ。


勝ったり負けたりしながらダラダラと時間を浪費すること半刻。酒場の中央で、妙なことが始まった。


この酒場のスタッフが数人、なにやら巨大な鉄製の鳥籠とりかごのようなものを運んできたのだ。

彼らは店の真ん中にその鳥籠を置く。

どうやら今日は、その巨大な鳥籠を使ってなにかの趣向が行われるらしい。それはわかる。

だが、あんなものを用意して一体なにをやると言うのだろう。


普通こういった酒場での余興といえば、吟遊詩人の歌とか楽器の演奏、あるいは肌もあらわな踊り子のダンスなどが定番だ。

また滅多にないが、小さな劇団を呼んで簡単な芝居を見せることもある。変わり種では、奇術師の手品や、軽業師の芸ってこともあるかもしれない。

だが、あの鳥籠はそのどれとも違うようだ。


「なぁゴダー、これからなにが始まるのか知ってるか?」

「ああ? うるせえな。どうせこの後すぐにわかるんだから黙って見てろよ」


クソドワーフの言い様が気に入らなかったので、脚を伸ばしてゴダーのすねを蹴ってやると、「なにしやがる!?」すぐに蹴り返された。

他の客の様子を見ても、特に俺のように疑問を感じている様子はない。

彼らはこれから、どういう出し物が始まるのか知っているんだろう。


今まで一緒にカードで賭博をしていたゴダーと他の三人の男も、今はカードを放り出して、中央の鳥籠に視線を注いでいる。

手持無沙汰になった俺は、ぬるいエールをぐいっと呷った。

どろっとしたまるでスープのようなエールは、あまりのど越しが良いとは言えないが、穀物の風味が強くてこれでなかなか悪くない。

贅沢を言うなら、氷のように冷えていたら最高なのだが。


少しして、店員に先導されて、一人の人物が現れる。店の二階から階段で下りてきたのだ。

頭から黒い布を被って、全身を隠している。おまけに手は、無骨なかせいましめられている。その手枷に結ばれた縄を引かれて、ヨロヨロと歩いて来る。


――怪しいことこの上ない。


と言ってもこれは、演出された怪しさだ。

このけれん味たっぷりな登場からして既に、出し物の一部なんだろう。


まるで囚人のような誰かは、鳥籠の前まで連れて来られると、その中に突き飛ばされた。


被っていた布がはらりと落ちる。

中から出て来たのは、鳥籠の中に座り込む、美しい少女だ。

――笹の葉のような形の、細く長い耳をした。


「エルフ!?」


つい声が出た。酒場の中にも、どよめきが起こっている。

さすがに驚いた。

まさかここで現れるのがエルフの少女だとは。

いや、かの種族は長命だと聞くから、少女に見えても実際にどうかは、わからないが。


しかし、この街でもほとんど見かけることのない希少な種族であるエルフが、こんな場末の酒場で、しかも手枷をつけた奴隷のような姿で見世物になっているとは……

プライドの高いエルフという種族の性質からは、とても考えられない。


「道理で、妙に客が多いと思ったぜ」


間違いなく、エルフの少女を見たくて集まってきたのだろう。

こうして虜囚の身となり、巨大な鳥籠に入れられた美少女の姿を。

まさか、ルシェルが本当にエルフの奴隷を買ったとは思えないから、単にそういう趣向というだけだろうが、それにしても……


(良い趣味してるぜ)


男の自分ではどうしようもない、下衆な部分を刺激するには上手いやり方だ。

これはまさに、男のさがってやつだ。

ただ、その胸元には、赤い宝石のついた首飾りがあるのだが、虜囚の身にしては少しばかり豪華過ぎて場違いに見える。


鳥籠の中のエルフは、悲しそうな顔で俯いている。

枷のつけられた両手で、自らの膝を抱えるようにして。


鳥籠が、ゆっくりと持ち上がっていく。

店のスタッフが数人がかりで鳥籠を持ち上げ、天井から垂らされたロープによって吊り下げた。

やがて、ピアノの音が聞こえてくる。

いつの間にか、店の奥にあるピアノの前に、演奏者が座っていた。


――そして、エルフの少女が歌い始めた。物悲しい調べを。


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2026年1月12日 19:00
2026年1月13日 19:00
2026年1月14日 19:00

街専の冒険者 @summerbeer

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