1. 逆張り精神のアノマリー

やあ、君か。よく来たね。

待っていたよ。君に共有したい、とっておきの話を準備してね。


君は「逆張り」は好きかい?

……失礼だな、って顔をしたね。


みんなが安い方を選ぶときに、あえて高い方を選ぶ。

みんなが賞賛しているものを、あえて批判する。

何も恥ずかしいことじゃない。

かなり普遍的な心理だ。


君たちの言葉を借りると、スノッブ効果――そんな名前で説明されることがあるね。

“みんなと同じ”から少し離れたくなる。

離れたぶんだけ、自分が特別に見える。

希少性に、価値が乗る。


ねえ、ここまで聞いて、

君は面白いと思った? つまらないと思った?


もし君が「面白い」と感じたのなら、

“分かっている自分”でいたいのかもしれない。

希少な存在でありたいのかもしれない。


もし君が「つまらない」と感じたのなら、

そんな話でも聞き続ける自分に、価値を与えたいのかもしれない。


……ごめん。意地悪で言ってるわけじゃない。

ただ、私には分からないんだ。


実はね。

私たち精霊の世界に、「逆張り」という概念は存在しない。

それを表す言葉も、持っていない。


私たちは、選択に“意味”を見出さないからだよ。

「自分らしさ」とか、「特別」とか。

そういう札を貼らない。


私たちが見ているのは、状態だ。


濃い、薄い。

熱い、冷たい。


君たちの言葉に寄せるなら――勾配。

高いところから低いところへ流れる、その傾き。


水の中に落とした飴玉が、溶けて拡散していく。

そんな状態を「飴玉が逆張りしてる」なんて揶揄しないだろう?

少数派を選ぶということは、私たちにとってはそれと同じなんだよ。


ねえ、この違いが分かる?


君たちは、選択に意味を与える。

私たちは、選択を状態として見る。


それだけの違いなのに、

君たちの選択は――ときどき、種の循環を壊す。


……ああ。循環の破綻。

そういえば、君に話したいことがあるんだ。

懐かしいな、その集落は収穫祭が好きだった。


季節が成熟すると、彼らは火を起こし、酒を回し、歌って、踊って――最後に必ず占いをする。

祭りを締めくくるための、余興みたいなもんだよ。


占いに使うのは、でっかい銅鏡。

……まあ、鏡といっても、たいそうな物じゃない。

今でいうなら、マンホールの蓋みたいなやつをね。

男四人がかりで持ち上げて、掛け声と一緒に宙へ放り投げる。

回って、落ちて。

どちらの面が上を向いたかで、来年を占う。


「表なら豊作」

「裏なら、不作に備えよ」


……そんな感じだ。


でもね、儀式は占いとしての体裁を成していなかった。


あの鏡には裏がない。

両面とも“表”の文様が彫ってあったんだよ。

違いなんて、言い訳みたいなものだった。

「こっちは表」「こっちは、その逆の表」なんて、馬鹿真面目に言っていたな。


その場にいる全員が、意味を持たない儀式を介して、豊作を信じる。

私はそんな、人間の作る不釣り合いな状態が嫌いじゃなくてね。

毎年、祭りの季節になると、陰で様子を見ていたんだ。


……その年も、いつも通りだった。


いつも通り、酒が回って。

いつも通り、歌が少しずつ乱れて。

いつも通り、銅鏡が宙を舞った。


そして、いつも通りじゃないことが起きた。


立ったんだよ――銅鏡が。


落ちたのに、終わらなかった。

縁の一点を地面に突き立てて。

ただ、まっすぐに。


表も、その逆の表も、出なかった。


一瞬、場が凍った。

その沈黙を引き裂くみたいに、長老が叫ぶ。


「縦だ!縦が出たぞ!

 来年は表が二つ分の大豊作だ!」


周りは沸いた。

笑って、囃して、肩を叩いて。

誰もが、その言葉を良いものとして受け取った。


集落の長らしい、きわめて合理的な判断だね。

ここで終わっていれば、何も起きない。

縦の目はただの“縦”で、占いは余興のままだった。


でもね。

その事象は、人々の考えを曇らせる余白を与えてしまったんだよ。


輪の外。

火の明かりが届かないあたりに、ひとりだけシラフの青年がいた。

彼は、まっすぐに立った鏡をじっと見て、ぽつりと呟いた。


「……それってさ、裏なんじゃねえのか?」


誰も聞こえないくらいの声だった。

でも、不思議だね。

そういう声ほど、よく届く。


長老が笑い飛ばした。

「裏?この鏡に裏なんてないだろう!」


青年は首を傾げて言った。

「ないから、怖いんだよ」って。


その場で言う必要なんて、なかった。

祭りは終わる。占いは余興だ。

合理的な選択をするなら、黙っていればよかった。


でも君たちは――

そういうときほど、言葉を落とす。


自分だけは、特別でありたい。

輪の外にいることに、価値を載せたい。

……君たちの言葉で呼ぶなら、それが逆張りなんだろうね。


そして、分断を生むには、たったそれだけで十分だった。


翌日から、村は三つに割れた。


長老の周りには、「吉兆だ」と言う者が集まった。

「来年は二年分の表が来る」

「今年より大きく蒔こう」


青年の周りには、「凶兆だ」と言う者が集まった。

「抑えられていた分の裏が来る」

「備えろ、控えろ」


そして、どちらにも与したくない者たちが、小さな声で言った。

「占いは余興だ」

「意味をつけるな」


ここから先、何が起きるかは、想像にたやすいだろう。


翌年の春、畑は3つの顔を持った。


大きく蒔く者。

控える者。

去年と同じにしようとする者。


同じ土地、同じ季節、同じ風。

それなのに、“意味”だけが違った。


畑は正直なんだ。

人間の言葉を、そのまま土に写す。


だから、畑の脆さも――言葉の形になる。


梅雨は、やさしく始まった。

誰もが「恵み」だと思った。

でも雨は、村の都合を知らない。

気候は、誰の味方でもない。


排水の手入れは、互いの本性を探り合ううちに遅れた。

水路は、誰のものでもなくなった。


降り止まない、恵みの雨に、溺れる作物。

目も当てられない光景だね。


それだけではとどまらない。

夏は、水を落とさなかった。

同じ空なのに、一滴も。


我田引水、よくできた言葉だね。

貯蓄していた農業用水も、すぐに底をついた。


当然、不作だったよ。

いや、不作なんて言葉じゃ足りないね。

残らなかったんだよ、何も。


収穫祭は中止になった。

代わりに行われたのは、お祓いの儀式。


資産もないのに、村の外から祈祷師なんか呼んじゃってさ。

本当に、人間って「お祈り」が好きだよね。


祈りは便利だ。

「誰も悪くない」って顔をしながら、ちゃんと罪の置き場を作れるから。


祈りは、依り代がないと散る。だから君たちは、形を欲しがる。


結局、占いに使っていた銅鏡が“災いの原因”ってことになった。

原因が決まると、みんな安心する。

鏡は山奥に運ばれて、封印されたよ。


……ああ、それと。

祈りの代償がもう一つ。


最後の収穫祭で、逆張りをしていた青年。

どうなったと思う?


散り散りになった村の意見が、再び合致した瞬間ってさ。

どんな感じだったと思う?


……ああ。あれは……かわいそうだったなあ……。


いや、ごめん。

それ以上は、言わないでおこう。

君はきっと、そこに意味を作ってしまうから。


その後の集落の行方は知らないよ。

絶対に表を示す鏡。それがなくなった時点で、面白くないからね。


あの言葉。

「……それってさ、裏なんじゃねえのか?」ってさ。

私には、不条理に積み上げられた勾配からこぼれ落ちた、あまりにも自然な一言に思えた。


でも、人間の見方はそれと違った。

多数派と異なる意見に。その希少性に、価値を与えてしまったんだよ。


裏のない鏡に裏を描いて、

縦の目に意味を与えて、

不作に理由を貼り付けて――

最後には、祈りの依り代にした。


人間はあまりにも、その価値に頼りすぎている。

だからこそ、面白い。


さあ人間、次はどんな選択に、意味を与えようか?

たとえそれが逆張りでもいい。

呪いの様に価値は乗るからね。

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ダウナー系の人外お姉さんに常識を書き換えられたい @MazumeOchiai

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