第3話

 行き先は奥の部屋。扉を開けると、勉強机と参考書がたくさん並んだ本棚があった。アオイさんの自室だろう。物がごちゃついてる俺の部屋と違ってすっきりとした印象だ。

 だけど、どうしてもベッドに視線が向いてしまう。


「どうせ泊まっていくんだから、いいよね?」

「よ、よくないと思います……」

「固いこと言わないの。あっ、もちろんご両親には内緒ね」


 一番だめだと思うんですけど、それ。


 だけどアンゴラウサギの穴蔵へ迷い込んだ無力な俺に何ができるって言うんだ。


 いざなわれるままアオイさんの部屋に足を踏み入れ、言われるままにベッドに座って。拒否権なんてない。むしろこの状況で拒否れる方法があるなら教えてほしい、今すぐ。


「あ、アオイさん……」


 お風呂も済ませて、お腹も満たされて。

 ふたりきりの部屋で、ベッドで向かい合って、あと何をすることがある?


「緊張してる? 僕もね、ちょっとしてる。マシロくんが僕の服を着て僕の部屋にいるのって、なんかすごくくすぐったい」


 あああああああああ、俺の隣にちょこんと座ってそんな照れくさそうにはにかまないで……! 脳が破壊される……! 健全な男子高校生に戻れなくなる……! 吐く、口から心臓吐く!!!


「マシロくん……」

「あ、アオイさん……っ!」

「この前の授業でわからなかった部分、復習しよ!」


 ……ん?


「金曜日じゃないけど、せっかくうちにいるから特別授業ね。ご両親に言ったら気を遣ってバイト代上乗せされちゃうから、秘密だよ」


 言いながら、アオイさんは本棚からテキパキと参考書を物色し始めた。その後ろ姿にさっきまでのいやらしさは微塵も感じない。


 ……で、ですよね! ふたりきりの部屋でやることなんて、授業しかないですよね!! 知ってた!!!


「どうかした?」

「いや、アオイさんって俺の家庭教師だったなーって……」


 疲れ果てた顔で天井を見上げながら当たり前のことをぼやく俺を振り返って、アオイさんは不思議そうに首をかしげる。


 アオイさんがえちおねなんじゃない。俺が思春期すぎるんだ、きっと。




 ◆◇◆




「アオイさん、ここの英文の訳って……」


 超ド健全な特別授業を始めて二時間ほど経ったころ。

 借りてた英語の参考書をベッドの上で開いていた俺の足元で、ベージュ色の頭がこくりと船を漕いだ。自分の家だから気が抜けてしまったんだろう。マットレスに寄りかかって、そのままカーペットの上へずり落ちそうになっている。


「アオイさん、起きて。身体痛めるから」

「ん……ふぁあ、ごめん。ちょっと寝ちゃった……」

「全然いいですよ。明日も早いですし、もう寝ましょう」

「そだね。よっと」

「え」


 戸惑いの声を上げたのは、アオイさんがベッドに乗って来たから。

 固まる俺の肩を押し「そっち詰めて」と言いながら足元の布団を手繰り寄せる。


「えっ、えっっっ? いや、俺、床で寝ますよ!」

「風邪引いちゃうでしょ。大丈夫、僕寝相いい方だから」

「そういう問題じゃ……」

「マシロくんは僕と一緒に寝るの、嫌?」


 先に横になったアオイさんは、今にも閉じそうな瞳をとろんとさせて俺を見上げてくる。んぐぅ……!


「……イヤジャナイデス」

「じゃあ早く。さむい……」

「ハイ」


 アンゴラウサギ様の仰せのままに。


 言われるがままベッドの壁側に寄って横になった。男ふたり分の重みを受け止めてベッドがギシッと鳴る。鳴らんでいい。


 アオイさんと至近距離で向かい合う形になり、俺の心臓はドンドンバンバンとお祭りの花火みたいな音を立てた。


 わぁ、まつ長い。唇ちっちゃい。あ、耳たぶにホクロあるんだ。


 ……どうしよう、眠気吹っ飛んじゃった。


 するとアオイさんは何を思ったのか、お互いの間にわずかに空いた隙間を埋めるように擦り寄ってきた!


「んー……マシロくんって体温高いね。湯たんぽみたいできもちー……」

「あ、わ、ぁ……」

「ふふっ、すごい音」

「はわぁ……!」


 ほんのり染まった頬が胸元にぺたりと押し付けられる。俺の心臓のドンチャカカーニバル音なんて丸聞こえだ。


 こわい。これ全部超ド健全な無意識えちおねムーブなんでしょ? こわい。ちょーこわいよアオイさん。俺ぶっ壊れちゃうって。朝まで生きてる自信ないって。


「アオイさん、やっぱり俺……」


 床で寝ます、と言いかけたその時。

 アオイさんが安心しきった声で言ったんだ。


「誰かと一緒に寝るの、いつぶりだろ……」


 そんなことを心地良さそうな顔で言われて微睡まれたらもう、口を噤むしかないじゃん。


 家族四人だと狭くて仕方ないと感じる室内も、アオイさんが一人で暮らすには広すぎて、きっとエアコンの熱すら届かない。


 なら俺、これから先もずっと湯たんぽでいてもいいかな、なんて。




 ……それにしても。


 ――ドンッ!


「う゛ッ⁉」


 ――ゲシッ!


「はぐぅッ⁉」


 ――ミシミシミシィッ!


「いだだだだだだッ⁉」


 今のは胸にグーで一発、腹に膝で一発、最後に関節が軋むほどの締め技をかけられた憐れな湯たんぽの断末魔。


 アオイさん、信じられないくらい寝相が悪い。健やかな寝顔のまま全然起きないし。寝相良い方とか言ってたの誰だよ。


 前言撤回。湯たんぽは今夜だけで勘弁してください。

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俺にだけ無意識えちおねムーブしてくるハーフアップおっとり美人家庭教師(♂)との超ド健全授業:ラブコメに降る雨って都合が悪そうに見えてめっちゃ都合が良い 貴葵 音々子🌸カクヨムコン10短編賞 @ki-ki-ki

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