第2話

「落ち着かない……」


 シャワーを浴びて、脱衣所に用意されていた着替えを借り(濡れた制服はいつのまにか洗濯機に放り込まれてた)、エアコンで温まったリビングダイニングのソファで、借りてきた猫のように行儀正しくそわそわする俺。


 用意されたスウェットは、アオイさんがオーバーサイズの服を好むおかげで、ちょっと足が短いくらいで俺にはジャストフィットだった。これがぶかぶかになっちゃうんだから、アオイさんってほんと小柄なんだなぁ。


 何より落ち着かない一番の理由は、シャンプーやらボディソープやらを借りたことで、自分からアオイさんの匂いがするから。

 ドラッグストアでよく安売りされてるやつだったけど、アオイさんの匂いという付加価値がやばい。こんなことを考えている俺の思考回路もやばい。


 そこへ、パタパタと軽快な足音が響く。


「おまたせ~」


 俺と入れ違いでシャワーを浴びたアオイさんが、頭にタオルを被った姿で戻って来た。だぼっとしたもこもこシルエットの部屋着がイメージ通り。

 火照った頬に張りつく髪は濡れたままで、手にはドライヤーを持っている。


「マシロくん、乾かして」

「はい?」

「今日の宿代」

「やらせていただきます」


 それを言われちゃ断れない。

 即答でドライヤーを受け取った俺の足元へ満足げに座るアオイさん。足の間にすっぽり収まってしまったベージュ色の頭に温風を当て、余計なことを考えないよう無心でタオルを動かす。火傷させないようドライヤーの距離感を調整しながら、乾き具合を確認するのに長い髪へ恐る恐る指を通した。


 ふわふわ、さらさら。


 彼女がいない男子高校生ならあまり触れる機会がない感触。

 俺の心音をドライヤーが掻き消してくれてたらいいんだけど。


「ふぁ~、人に髪乾かしてもらうのって最高に気持ちいいよね」

「そ、そうですか」

「マシロくん上手だし」

「モモカが小さい頃、よく乾かしてやってたんで」

「ふふっ、やっぱり」


 側頭部を俺の太ももにこてんと乗せてこっちを見上げる、とろんとした気持ちよさそうな顔。


 ひ、人の足の間でなんつー表情してんだ、この人。


 俺は脊髄反射でアオイさんの頭を両手で挟み、首がもげそうな勢いで正面を向かせた。「乱暴~!」と文句が上がるけど、知らん。こっちはこっちで必死なんだよ。


 しばらくして髪を乾かし終えると、アオイさんは「ありがとう」とお礼を言って、手首につけていたヘアゴムで髪をうなじで一つに結んだ。ハーフアップじゃないの、なんか新鮮だなぁ。


 それからアオイさんが冷蔵庫から引っ張り出してきた冷凍パスタをふたりで食べた。冷凍パスタって手軽で量もあるのに安くて最強だよね。そのうえ「高校生には足りないでしょ」と、自分の夜ご飯用に買ってきた値引きシール付きのスーパーのおにぎりまでご馳走になって。


「マシロくんのスマホ、隣町の駅にあるみたいだね。誰かが駅員さんに届けてくれたのかな?」

「ほんとだ、よかったぁ……!」


 アオイさんがスマホを探すアプリからデバイスの位置情報を拾ってくれて、俺はひとまずほっと胸を撫でおろした。手早く駅にも連絡してくれて、どうやらバッグの中身は全部無事らしいということも判明。日本って本当に素晴らしい。


 ついでに親にも連絡を入れてもらい、アオイさんちに泊まる了承も得た。アオイさん、いつの間にうちの親と連絡先交換してたんだろう。

「ドジな子でほんとごめんね~。悪いけどマシロのことお願いね、アオイくん!」と謝る母の声が電話越しに聞こえて、ちょっと気恥ずかしかった。


「マシロくん、明日も学校だよね? 始発の電車に乗って一緒にカバン取りに行こうか」

「えっ、アオイさんも? でもそこまで付き合ってもらうのはさすがに申し訳ないです……」

「遠慮しないでって言ったでしょ。それにお金ないのにどうやって隣町の駅まで行くの?」

「それはぁ……」

「はい、決まり~」


 強引な感じで決定されたけど、他に手段がないから大人しく従うしかない。


 何から何までお世話になってしまった。明日バッグを回収したら朝ナックを奢らせてもらおう。

 アオイさんソーセージマフィン好きかな、なんて考えていたら。ダイニングテーブルの向かいに座っていた本人が、急にそわそわし始めた。


「あのさ、マシロくん」

「なんです?」

「今日、このままシちゃう?」

「はい???」


 その一言で、俺は壊れたロボットのようにピシリと固まった。


 毎度のことながら主語を言ってくれ、主語を。

 頬を赤らめないで、勘違いしそうになるから。

 意味深に視線をさまよわせないで、ドキドキするから!


「あ、あの……」

「僕ね、マシロくんから求められたいつでも応えられるように、ちゃんと準備してるんだよ」

「ジュンビ」


 それって何のどんな準備ですか。あっ、わかった、モンスターをハントするゲームのことですね!? でも今は俺のゲーム機が手元にないし……。


 緊張でまごまごしているあいだに、アオイさんは俺の手をそっと握って立ち上がった。

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