終章

 恩寵の儀の場は、戦の場ではなかったはずだった。

 だが、儀は血を呼び、血は血を呼び、最後には、何が正しいのかすら言葉にできぬ光景だけが残った。

 粛清ののち、北朝神衛衆の生存は確認された。

 天羽静麻。暗丞。重傷が統麻、弦鬼。それに闇任が三。

 生き残りは、わずかだった。

 対して、南朝神衛衆の生存者は──ひとりもいない。

 南朝兵もまた、ほぼ半減したと伝えられる。

「粛清」という言葉は、あまりに軽い。誰が勝ち、誰が負けたのか。そんな区分さえ、あの場の死体の重みに潰れていた。

 ただ、命令は果たされた。しかし、歴史に遺されることはなかった。


 半年後の十月、神器譲渡の儀が執り行われた。

 将軍義満は南北朝統一を成し、朝廷と幕府のねじれた綱は、ひとまず一本に結ばれた。

 京の都は静けさを取り戻し、人々は、昨日までの地獄を、日々の暮らしの奥へ押し込んでいった。


 それから、およそ二百年。

 時代は移り、天下人の名は変わった。

 豊臣秀吉とよとみひでよしは武装禁令を敷き、宮中に私兵を持つことを禁じた。

 帝を影より護るために組織された禁裏神衛衆は、

 いつしか「帝の盾」ではなく、「帝の私兵」と見做される。

 解体を命じられたのか。あるいは、私兵と断じられたことへの反発が、剣を抜かせたのか。

 真実は、記録に残らなかった。

 ただ一つ確かなのは、禁裏神衛衆は、天羽一族はここで完全に滅んだということだ。

 盾として生まれ、盾として立ち続け、最後は、盾であったがゆえに斬られた。

 その最期を、ひとりの男が見届けていた。白髪の修験者風の男だった。年の頃は知れぬ。背は伸び、眼は澄み、人の世の移ろいを、ただ静かに眺めている。

 名前などあってもなくても良いが、ただこの時は果心居士かしんこじと名乗っていた。

「棟梁殿が見たら、どう思うかの……」

 彼はその言葉だけを残し、歴史の闇に消えた。


 そして、雉裂は名を変えた。雉崎きざきとなり、山を下り、里に紛れ、役目を捨てることで、生き延びた。

 名を変えることは、消えることではない。

 それは、次の時代へ渡るための“間”にすぎない。


 そして──現代。春。

 澄み切った空の下、桜並木が満開を迎えていた。

まこと兄ぃ、早く! 遅れるよ!」

 爽木そよきレナが振り返り、笑いながら走る。

「分かってるって!」

 真は応じ、駆け出しかけて──ふと、足を止めた。

 桜が舞う。その一枚が、なぜか胸に刺さるような気がした。

 理由は分からない。ただ、胸の奥が、ちくりと痛む。

 遠い昔、同じ花の下で、多くの血が流れたことを、彼は知っているだろうか。

「……どうしたの?」

「いや、何でもない」

 真は首を振り、もう一度走り出す。

 その背に、陽の下に伸びる影とは別の影が、ほんの一瞬だけ重なった。

 それが何であるかを、雉崎真は、まだ知らない。



──『影裂録えいれつろく』に続く

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影裂伝 ーEIRETSU DENー ガラパゴスオオカタツムリ @1002_hiro

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