第四話 小頭会議
夜明け前の薄光が差し込む頃、雉裂の里の外れにある屋敷の一室では、囲炉裏の火がぱちりと爆ぜた。影刻は黙してその音を聞いていた。昨夜、天羽の影が忍び込んだ。三人が死に、一人が逃げた。真四郎はすでに蔵人頭であり、実質支配である藤原定衡への報告を済ませたが、帝の御在所には侵入していないこともあり、「さようか」の一言で済まされた。
いつものことだ、という顔で定衡は取り合わなかった。山野を越え、忍ぶ者は絶えない。それを払い落とすのが神衛衆の役目。しかし昨夜の影は──あまりに異質だった。
影刻は火を見つめたまま、四天を見渡した。真四郎、無明丸、椿、朧火。いずれも夜明けに呼び寄せられ、眠気ひとつ見せない四人だ。
「……詳しく、聞かせてもらおう」
影刻の声は低く静かで、谷底を流れる冷気のようだった。
真四郎が手短に報告する。
「昨夜の者たち──ただの刺客とは思えん」
影刻がわずかに眉を動かす。真四郎は淡々と、しかし揺るがぬ調子で続けた。
「まず、狙いが帝とは思えなかった。御在所へ向かう動きは一切なかったからだ。外郭にも踏み込んでいない。明らかに方向が違う。狙いは里そのもの、あるいは我ら四天──雉裂の力を測るために来たと見える」
椿が静かに頷いた。
「動きに迷いがありませんでした。敵意よりも……観察に近い。腕も確かでした」
腕も確か──相手に何もさせず、瞬く間に首をはねた昨夜の椿を思い出し、朧火が鼻白んだ。
影刻は表情を変えぬまま、真四郎に視線を戻す。
「続けてくれ」
「加えて、素性を消して死んだ。顔を焼いてまで、だ。あれは衝動ではない。最初から決めていた動きだ」
無明丸が、低く唸るように言った。
「
「しかも惜しげもなく使った」
真四郎が頷く。
「腕もある。装備もある。覚悟もある。国人どもが雇う雑な刺客とは、まるで違う」
朧火は黙ったまま、囲炉裏の火を見ていた。あのような発火物は初めて目にした。
「時期も悪い」
真四郎が言葉を重ねる。
「南北朝統一が近いと聞く。この時期に、この質の者が動くのは……偶然とは思えん」
言葉が尽きると、再び沈黙が落ちた。四天の視線が、自然と影刻へ集まる。
「……なるほどな」
その声は静かで、重さはない。
「だが」
影刻は顔を上げ、四人を順に見た。
「それで、どうする」
誰もすぐには答えなかった。
真四郎が、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。
「……対処は、難しい」
無明丸が続く。
「確かに異質ですな。だが、まだ何かと断じるには材料が足りんでしょう。警戒は強めるべきでしょうが……騒ぎ立てれば、別の混乱を招くかと」
椿も頷いた。
「敵が来れば斬る。それ以上の手は、今は見えません」
朧火が短く言う。
「せや、また来るかもしれんしな」
影刻は、その言葉を聞いて、小さく笑った。
「そうだ。答えは出ぬ」
囲炉裏の火に手をかざしながら、影刻は言った。
「推し量っても、影を追っても、確証はない。ならば、やることは一つだ。これまで通り、備えを怠らぬ。敵が来れば斬る。帝を護り、里を護る。それだけだ」
影刻が顔を上げた。
「お前たちを、俺は信じている」
影刻がにっと笑った。
「昨夜のような者が来ようと、四天が揃っていれば問題はない」
その言葉に、嘘はなかった。驕りでもない。影刻という男は、本心からそう思っている。
(先代なら、もう少し構えたかもしれぬ……。それにしても、人懐っこい笑顔で反論を許さぬ、此奴のずるいところだ)
真四郎は、胸の奥に小さな引っかかりを覚えながらも、苦笑するしかなかった。
先代とは、影刻の父親で影之のことである。病がもとで棟梁を影刻に譲った。
椿も無明丸も、影刻の言葉に異を唱えなかった。影刻の判断は、決して軽くない。そして何より、この里に疑心はない。
しかし、この時、彼らは全く予期していなかった。天羽一族が、その名すら浮かばぬほど遠い場所で、すでに刃を研いでいることを。
そして、雉裂が──
この時すでに、味方からも切り捨てられていたことを。
この朝の判断が誤りだったわけではない。信じるべき相手が、すでにいなかったという事実そのものが、後に己を深く抉る悔恨となるのである。
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