やっぱりあの子は怒っちゃった


◆モノローグ――前園晶1


あの子に相談もせずに「着替え」をしてしまった。


光に当たると淡く青い光を返す腰まである艶やかな黒髪。

メイクの必要がないくらい白い陶器のような肌。ずっと、ずっとやってみたかった。

けれど相談したら絶対に嫌がられると思い悩んで、結局黙って着替えてしまった。


今までの姿――中性的なショートカットにうっすらと日焼けした肌。


それも好きだったけれど。


好きな姿になれる世界なのに、最初に決めた日から一度も着替えをしてこなかった。

その姿に一目惚れをしてくれたあの子の為。そう言ってしまえばそうなのだけれど、自分自身でもその事にこだわりやなんとなくのプライドがあったからだ。

勿論、いまさら別人に着替えることに対して罪悪感がなかったわけじゃない。


反対されながらも最後は応援してくれる、気に入ってくれるんじゃって思っただけ。

でもあの子は全く私を受け入れてくれなかった。

自分が悪いとわかってはいるけれど。


少しだけでもちゃんと理由を聞いてくれたら、そんな身勝手なことを考えてしまう。

姿が性格に影響するなんて、今まで全然信じてなかった。


けれど、こうやってお嬢様然とした姿になってしまって気づいたことがある。


今までなんでも言えたことが急に言えなくなってしまう。


その事に自分でも驚いていた。


あの子を守る騎士のように凛々しい自分でありたいとずっと思ってきた。


これまでは私があの子を守っていたのに。


喧嘩中なのに、髪の毛を拭いてくれたり慣れないスカートを踏んで転んでしまったときに助けてくれたのはすごく嬉しかった。

弱くて守られる存在に憧れがあった訳ではないと思う。

ただ、一度でいいからやってみたかった。

この姿が創り出す心も私の中にあるものだとあの子に知ってもらいたかった。

なんとかして仲直りしたいなと思うけど難しいのかな。

今日は彼女の好きなお洋服で双子コーデで行ったことにも気づいてくれなかったな。

今度は髪の毛を綺麗に巻いたら……



◆モノローグ――桐生奏1



晶は「着替え」前にはしたこともない、機嫌を伺うような弱気な視線を送ってきた。


春の河岸に咲く桜の花びらのような髪の隙間から。


不機嫌な様子を隠そうともしない私の前で。


「で、どうして急に着替えるわけ?」

「こういうのが原因で分かれる人が多いって学校でも習ったでしょ?」

「恋人同士での着替えは相手との関係もあるのでとても気をつけてくださいって」

ワタシはまくし立てるようにそう伝えた。


晶はまた弱々しい声でワタシの質問に答える。

「今まで言えなかったけど、ボクはずっとこういう姿に憧れてた」

声も少し高くてか細い声に変わっている……

私が好きな低くよく通る声の面影もない。


声に面影というのは変かもだけど。


晶が『着替え』たその日は顔を見た瞬間、私が怒って帰っちゃってた。

だから、着替え後の声を聞くのは今日が初めて。

考えればすぐわかることなのに、声が代わってしまって、もう晶はどこにもいない。

好きだった晶のことを考えると涙が出そうで必死に我慢した。

二人の間に流れるのは無言の時間と凍った空気。

場所は、お気に入りのカフェ。お気に入りの席。


そこは午後の日差しが気持ちいい思い出の場所だった。

いつも、浅く日焼けした晶がワタシの白い肌に気を遣って日向側に座ってくれていた。

日焼け止め処理をしてるのに、そう言っても聞かずに座っていたそんな思い出の席。

晶の少し日焼けした肌が好きだったのに。


晶はちゃんと日焼け処理してるのか気になってしまう。

結構抜けてるコだったから。

前とは違って今は晶のことを気にしちゃうなんて。


この場所は二人の初デートで来たカフェ。


なのにこんな思い出で上書きされてしまうのは嫌だなと思う。

喧嘩を重ねたくはないので、晶が口を開くのを待つ。

二人お気に入りのスープを頼んだ。ひと匙、口に運ぶと彼女も同じように口に運ぶ。


長い髪に慣れていないのだろう、髪の毛が一筋スープに染みちゃってる。

「ほら、慣れない格好するから」

晶は慌てた様子でうまく毛先も拭えない。

そんな様子に少し苛立って、でも代わりにハンカチで拭ってしまう。

「ありがと」

おずおずと消え入りそうな声でいう彼女に何も言えなくなっちゃった。


結局その日はそれ以上ほとんど話をせずに終えてしまった。

家も近所で帰り道も同じなので、かなり気まずい。

でも、別々に帰るのも、なんだか本当にお別れになりそうで出来なかった。

帰り道の下り坂。

髪色に合わせたピンクのレースがついたチュール素材のスカート。

慣れない様子で慎重に歩を進めているのを言いようのない気持ちで眺める。

知らず早足になった私を焦って追いかけてくる。

普段パンツルックの多い彼女はスカートを踏んで転びそうになる。

このタイミングで手を差し伸べたら二人共転んじゃう!そう思ったのに。

無意識に手を伸ばしてしまう。


結果は予想通り。


通行人からは道路の真ん中に青空に桜の花が咲いたように見えるだろうな。

そんな間の抜けたことを考えながら立ち上がる。

幸い、二人ともお洋服にダメージはなかった。


ワタシは晶に長いスカートを履いてる時は自分で踏んじゃうんだから。

気をつけなきゃダメよ。そんなお説教をした。


もしかしたら今日話した中で、一番長い言葉だったかも。


今日はお気に入りの青空のようなワンピースで髪の毛も綺麗にしていったのに。

全てが台無しな気分。

彼女は少し汚れちゃったスカートの裾を気にしながら消え入りそうな声で


「ごめんね」


とだけ呟いた。


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2026年1月13日 20:00
2026年1月14日 20:00
2026年1月15日 20:00

『ボク』は『わたし』に着替えする 水星 透 @minase_toru

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