異世界に召喚されたが、就職氷河期世代(2浪)の俺だけ魔王の精神攻撃(圧迫面接)が効かない件 ~ゆとり勇者は定時で帰り、Z世代勇者はコンプラ違反で魔王を炎上させようとしています~

雨光

第1話 勇者召喚は圧迫面接の如く

目が覚めると、そこは硬い石畳の上だった。  


ひんやりとした感触が頬に触れる。


この感覚、どこかで覚えがある。  


ああ、そうだ。


決算期の三月、終電を逃してオフィスの床で仮眠を取った時の、あの冷たさだ。


身体の節々が痛むのも、49歳という年齢のせいだけではないだろう。


「おお、ついにぞ現れたか。伝説の勇者たちよ!」


頭上から、腹の底に響くような野太い声が降ってきた。  


慌てて身体を起こす。


視界に飛び込んできたのは、煌びやかなシャンデリアと、赤い絨毯。


そして、一段高い玉座にふんぞり返る、偉そうな王冠を被った爺さんだった。  


周囲には、鋭い視線でこちらを値踏みする騎士や大臣たちがずらりと並んでいる。


……この空気感。  


肌が粟立つような、このプレッシャー。  


間違いない。


これは『最終面接』だ。


俺の脳裏に、20数年前のトラウマがフラッシュバックする。  


大学入試に2度失敗し、2年の浪人生活を経てようやく大学に入ったものの、待ち受けていたのは「超・就職氷河期」という名の地獄だった。  


何十社受けても届くのは「お祈りメール」ばかり。


ようやくたどり着いた最終面接で、圧迫面接官に鼻で笑われたあの日々。


「ここは……?」


隣で声がした。


見ると、俺以外に二人の男が倒れている。  


一人は、だぼっとしたパーカーを着た金髪の若者。まだ20歳そこそこか。  


もう一人は、ビジネスカジュアルな服装の、30代半ばとおぼしき男。


王様らしき爺さんが、鷹揚に腕を広げた。


「ここはアステリア王国。其の方らは、魔王を討伐するために異世界より召喚された『救世の勇者』である!」


異世界召喚。  


ラノベや漫画で見たことがある展開だ。


俺のようなおっさんまでもが対象になるとは。


「魔王討伐だと?」  


30代の男――ゆとり勇者が、眉をひそめて立ち上がった。


眼鏡の奥の瞳が、冷静に王様を見据えている。


「それ、業務命令ですか?雇用契約書は?拘束時間と残業代の規定はどうなってます?そもそも、こちらの同意なしに拉致した時点で、労基法……いや、人権侵害ですよね」


場の空気が凍りついた。  


大臣が顔を真っ赤にして怒鳴る。


「貴様、王の御前であるぞ!世界を救う名誉を与えてやろうと言うのだ!」


「名誉で飯は食えないんで」  


ゆとり勇者は一歩も引かない。


「契約内容が不明瞭な案件には着手できません。コンプライアンス的にどうなんですか、この国」


すげぇ。  


俺たちの世代なら「生意気だ」と一蹴されて終わるところを、正論で殴りに行っている。


これがゆとり教育で育まれた「個の強さ」か。


「あー、ちょっといいすか?」  


今度は、20歳の若者――Z世代勇者が、寝転がったままスマホを掲げた。


「ここ、Wi-Fi飛んでます?あと、今の王様の発言、録画させてもらったんですけど」


「な、なんだその板は!控えよ!」


「うわ、怒鳴った。これ『パワハラ王』ってタグ付けて拡散していいすか?インプレッション稼げそうだなー。あ、魔王討伐の様子とか配信していいなら、案件として受けてもいいっすよ。スパチャ還元率は?」


王様と大臣が、パクパクと口を開閉させている。  


理解不能な異界の言語(若者言葉)と、予想外の権利主張に、彼らの思考がフリーズしたらしい。


……まずい。  


このままでは「不採用」だ。  


いや、異世界召喚で不採用になったらどうなる? 


元の世界に帰してくれるならいいが、最悪の場合「用済み」として処刑される可能性もある。  


就職氷河期を生き抜いた俺の生存本能が、警鐘を鳴らしている。  


ここは、誰かが空気を読まなければならない。


誰かが、泥をかぶってでも場を収めなければ。


気付けば、俺の身体は勝手に動いていた。  


長年の社畜生活で染み付いた、悲しき条件反射。


「――っ、ありがたき幸せにございます!!」


俺は床に額をこすりつける勢いで、見事な土下座を決めていた。  


スーツの膝が擦り切れることなど厭わない。


この角度、この速度。


新卒時代、取引先に謝罪に行った時に習得した「ジャンピング土下座」の応用だ。


「は……?」  


王様が呆気に取られた声を出す。


俺は顔を上げず、絨毯の毛並みを見つめながら叫んだ。


「49歳!二浪!バブル崩壊後の焼け野原を這いつくばって生きてきました!魔王討伐でもドブさらいでも何でもやらせていただきます!住み込みで働かせていただけるなんて、夢のようです!御社の……いえ、御国の発展のためにこの身を粉にして働きます!!」


静寂が流れた。  


ゆとり勇者が「うわぁ……」とドン引きしている気配がする。  


Z世代勇者が「社畜乙w」と呟きながら、俺の土下座姿を激写しているシャッター音が聞こえる。


だが、王様の声色は変わった。


「ほう。見苦しい若造どもに比べ、殊勝な心がけではないか。お主、名は?」


「はい!えっと、氷河期(ひょうがき)と申します!」


「うむ。氷河期よ。その薄汚れたスーツと、媚びへつらう態度……気に入った。お前を採用(パーティリーダー)とする」


「あ、ありがとうございます!!」


俺は涙を流しながら、再び頭を下げた。  


採用だ。


内定が出たのだ。  


2浪して、百社落ちて、派遣切りに遭って、ようやく手にした「勇者」という正社員(?)


(いや、待てよ。魔王討伐ってブラック企業より過酷なんじゃないか?)


冷静な思考が一瞬頭をよぎったが、俺はそれを「社畜の呼吸」で強引にかき消した。


選り好みできる年齢じゃない。  


やるしかないのだ。


たとえそれが、デスマーチ確定の無理ゲーだとしても。


こうして、俺たち3人の、噛み合うはずのない冒険が始まったのである。

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