第九話 裏山の王、あるいは死に損ないの十九歳

【瀬戸 カイト 視点】


「はぁ……はぁ……、死ぬかと思った……」


十九歳のフリーター、瀬戸カイトは、地元・多摩地域の裏山にある「縦穴」の淵で、激しく肩で息をしていた。 手近なホームセンターで買った登山ナイフは刃こぼれし、自前のパーカーは返り血と泥で汚れきっている。


カイトは、バイト先がモンスターの襲撃で潰れ、今日生きる金にも困っていた。 政府が管理する公認ダンジョンは、適性検査や登録料が必要で、彼のような「底辺」には手が出せない。だからこそ、彼はネットの噂だけを頼りに、この未登録の「裏山ダンジョン」に潜っている。


「……あいつだ」


穴の奥。不気味な青白い光を放つ「コバルト・ウルフ」が、一匹でうろついている。 政府の資料では「危険度C」に指定されている、銃火器なしでは殺せないはずの化け物だ。


「……ここで引いたら、明日から食い物もねえんだよ」


カイトは、掲示板の伝説的なコテハン『名無しの引きこもり』が残したアドバイスを脳内で反芻する。 ――『犬型の魔物は、噛みつく瞬間に必ず喉が露出する。そこを突け。死にたくなければ、恐怖を捨てて懐に飛び込め』


「やってやる……!」


カイトは叫び声を上げ、ウルフに突進した。 ウルフが牙を剥き、彼の肩に食らいつく。激痛が走るが、カイトは止まらない。噛みつかれた肩を肉ごと差し出すつもりで、ナイフを逆手に持ち替え、ウルフの喉元へ全力で突き立てた。


グチャリ。


「ガ、アッ……」


ウルフが断末魔を上げ、光の塵に変わる。 残されたのは、一粒の小さな魔石と、何かの「牙」。 肩の傷は深いが、カイトの脳内には今までにない高揚感――「レベルアップ」の感覚が走り、傷口が微かに熱を持って塞がり始めた。


「……勝った。俺、生きてる」


震える手で魔石を拾い上げる。 これを裏ルートの換金所に持っていけば、数万円にはなる。バイトを一週間続けるよりも、命を懸けた数分のほうが稼げる。狂った世界だが、彼にとっては初めて掴んだ「チャンス」だった。


カイトはスマホを取り出し、ボロボロの画面で掲示板を開く。


【急報】裏山のウルフ、一人でいけたわ。ID:RENNNNのアドバイス、ガチだった。


彼は知らない。自分が必死に倒したその一匹を、どこかのニートが懐中電灯を当てるだけで「除草作業」のように一掃していることを。 だが、カイトのような「野良の生き残り」が、各地で同時多発的に生まれ始めていた。


【藤原 アキラ 視点】


アキラは、自室のマルチモニターに映し出されるSNSの投稿をスクロールしていた。 「裏山のウルフを倒した」という投稿に付随した位置情報。そして、その投稿者が参考にしているという『ID:RENNNN』の書き込みログ。


「……見つけた。情報のハブ(中心)はここね」


彼女の指がキーボードを叩く。 各地の「野良探索者」たちの行動記録を逆算し、共通する「情報の出所」の電波塔を絞り込んでいく。


「多摩……八王子……その付近。政府のレーダーが届かない『情報の死角』……」


アキラの瞳に、獲物を追い詰めた肉食獣のような光が宿る。 彼女は、数年ぶりに外に出るための準備を始めた。 といっても、武装ではない。高感度の「魔力探知機」を内蔵した、特製のノートPCだ。


「名無しの引きこもり。あんたがどれだけ強いか知らないけど、ネットの中にいる限り、私の目からは逃げられないわよ」

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