第三話 最強のニート・ルーム
ダンジョンから這い出し、俺は数時間ぶりに「城(じしつ)」へ帰還した。 たった数メートルの移動だが、クローゼットの境界を越えた瞬間に感じる、湿った洞窟の匂いから「自分の部屋」の埃っぽい安心感への切り替わり。このギャップがたまらない。
「さて……まずは『パッチ』のテストだ」
俺はタブレットの『Reality Patch』を起動し、部屋を見渡した。 そこら中に転がっている「ゴミ」が、今は宝の山に見える。
まず手に取ったのは、中学時代の部活で使っていた、傷だらけの木刀。 《パッチ適用:【神殺しの黒曜刃】……攻撃力:S / 耐久値:∞》 パッチを当てた瞬間、古ぼけた木刀が漆黒の輝きを放つ「魔剣」へと変貌した。振ってみると、空気を切り裂く音が今までと明らかに違う。
次に、愛用しているゲーミングヘッドセット。 《パッチ適用:【神域の聴覚(全指向性)】……効果:半径500m以内の生物の心音を感知》 装着すると、壁の向こうで母親がため息をつく音や、階下の冷蔵庫がうなる音、そしてクローゼットの奥に潜む魔物の呼吸音が「視覚的」に伝わってきた。
「……これ、無敵じゃね?」
さらに、100円ショップのビニール傘を『絶対防御の傘(アイギス・アンブレラ)』に、ボロボロのスリッパを『重力無視のサンダル(エア・ウォーカー)』へと改造していく。 俺の部屋にある「日用品」が、次々と伝説級のアーティファクトへ書き換えられていった。
その頃、俺が14型の古いテレビで流していたニュース番組は、地獄の様相を呈していた。
『――現在、新宿駅前に出現した「巨大な塔」から、無数の怪物が溢れ出しています!』 『自衛隊の小銃射撃は効果が薄く、怪物の皮膚に弾かれています! 戦車が投入されましたが、空飛ぶ巨大な翼竜によって無惨にも……っ、あぶない!』
画面越しに、最新鋭の戦闘車輌が紙屑のように握りつぶされる光景が見えた。 アナウンサーの悲鳴と共にカメラが激しく揺れ、映像が砂嵐に変わる。
ネット掲示板は阿鼻叫喚だった。 【悲報】自衛隊、敗北 【絶望】銃が効かないとか詰んだわ 【朗報】俺、魔法が使えるようになったけどMP1ですぐ気絶するwww
世界は、これまでのルールが通用しない「異界」へと強制的にアップデートされていた。 高学歴も、大企業の肩書きも、今は怪物の牙を前にしては何の役にも立たない。
「外は……えらいことになってるな」
俺は、ダマゾンでポチった『異世界コーラ(魔力回復効果・大)』のキャップをひねった。 シュワリと心地よい音が響く。
外の世界がどれだけ崩壊しようと、俺の部屋だけは安全だ。 いや、安全なだけじゃない。 このクローゼットの先にある「0号ダンジョン」を制覇し、ダマゾンとパッチで武装を固めれば、俺はこの世界で唯一、この理不尽なルールに抗える存在になれる。
「……次は地下2階か。少し、本気で稼ぎにいくか」
俺は「最強のジャージ」のジッパーを上げ、漆黒の木刀を手に取った。 25歳、引きこもり。 世界が死にかけたその時、俺の人生はようやく「ログイン」を完了した。
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