第二話 世界を書き換える「神(管理者)端末」

クローゼットの先は、冷たい空気が流れる石造りの通路だった。 一歩踏み出すと、足元の砂利がジャリリと音を立てる。その音さえ心臓に響くほど、俺は緊張していた。


「……あ」


通路の突き当たり、小さな広場の中心に、不自然なほど豪華な装飾が施された「黄金の宝箱」が置かれていた。 本来なら強力なモンスターが守っているはずだが、ここは世界で最初のダンジョン。まだ「ルール」が設定されきっていない、言わばバグのような空白地帯だ。


恐る恐る蓋を開けると、中に入っていたのは剣でも防具でもなかった。 それは、鈍い銀色に輝く一枚のタブレット端末だった。


「……なんだ、これ?」


手に取った瞬間、画面が起動する。 デスクトップに並んでいるのは、たった2つのアイコン。


【Damazon.ex(ダマゾン)】 【Reality Patch v1.0(リアリティ・パッチ)】


「嘘だろ……」


俺は震える指で『Damazon』をタップした。 画面には「現在の所持金:0円」「買取」という文字。試しに、先ほど拾ったゴブリンの魔石をカメラにかざしてみる。


《鑑定完了:魔石(極小)……買取価格:10,000円。換金しますか?》


迷わず『YES』を押す。 直後、ポケットに入れていたスマホが「チリン」と鳴った。 通知画面には、銀行アプリからのメッセージ。


『【〇〇銀行】振込受取のお知らせ:10,000円(振込元:ダマゾン・ドット・コム)』


「……マジかよ」


声が裏返った。たった数分の「作業」で、先月の小遣いと同額を稼いでしまった。 これなら、親に頭を下げて食費をねだる必要すらない。


だが、驚くのはまだ早かった。 俺はもう一つのアプリ、『Reality Patch』を起動した。


《対象を選択してください》


俺は、着古して膝が抜けた「アディダスのジャージ」を自撮りするように写した。


《パッチ適用可能な項目を表示します》


【防御力強化(物理)】……必要ポイント:50pt


【自動温度調節機能】……必要ポイント:30pt


【洗濯不要(自動洗浄)】……必要ポイント:20pt


先ほどの換金で手に入った「探索ポイント」が、ちょうど100pt。 俺はすべてを選択し、『適用』をタップした。


ピカッ!


タブレットから放たれた光が、俺のジャージを包み込む。 一瞬で光が収まると、見た目は変わらないが、肌触りが明らかに違っていた。シルクのように滑らかで、それでいて鋼のような弾力がある。


試しに、手近な岩に肘をぶつけてみた。 「ガツッ!」と鈍い音がしたが、痛みはまったくない。それどころか、岩の方が削れている。


「これ……部屋にあるもの全部、最強の装備に改造できるってことか?」


使い古したサンダルを「神速の靴」に。 安いビニール傘を「絶対防御の盾」に。 そして、さっきの木刀を――。


俺はクローゼットの奥、さらに深くへと続く闇を見つめた。 外の世界では、自衛隊が化け物に苦戦しているとネットにある。 だが、この端末(チート)を持つ俺にとって、ここは恐怖の対象じゃない。


「ただの……効率ゲーだ」


引きこもりニート、佐藤蓮。 彼は今日、初めて「働く(ダンジョン攻略)」ことが楽しくなっていた。

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