第2話 シャルロッテは嘆き、セドリックに想いを馳せる

「お嬢様……お嬢様。

 いい加減に起きてくださいまし。

 朝食を食べていただかないと、ちっとも片付きません」

「うううう、いらない。

 私はこのまま何も食べずに飢え死にしてやるのよ」


 私はベッドで布団を頭から被ったまま、情けない声を上げる。

 セドリック様から婚約破棄を言い渡されて早、一月ひとつきになる。私は未だにその傷が癒えることもなく、日々を泣き暮らしていた。


「そうは言いましても、お嬢様、夜中にクッキーとか、こっそりお食べになってますよね」


 ギクッ。


「それだとなかなか飢え死にできないと思われます。

 毎日、死ぬ、死ぬとか言いながら、ベッドで日がな一日ゴロゴロされていますが、わたくしには単にマナーのレッスンとかが、かったるくてサボっているだけに見えますが」


 ギクッ。ギクッ。


「ナ、ナ、ナ、ナニヲイッテイルノ、カルディナ」


 あっ、声が裏返っちゃった。ゲフン、ゲフン。


「あなたには、私がセドリック様から婚約を破棄されて、どれほど傷ついているか分からないのよ。

 絶望よ! この世の終わりよ!」


 がばりと布団を引き剥がされた。窓から差し込む陽の光を背に、カルディナが呆れたような面持ちで私を見下ろしていた。


「わたくしには、お嬢様がどうしてそれほどセドリック様に拘るのか分かりませんね。

 確かにセドリック様は王子ですが第三王子。

 お母様は側室。

 それも侍女のお手つきですから、強力な後ろ楯もありません。それ故、王室ではかなり肩身の狭い思いをされているとか。

 巷では臣籍降下の噂も絶えません。

 お顔立ちは気品がございますが、ぶっちゃけ、わたくしは好みではありませんね。

 頭の方も……。

 人柄はよろしいようですが、人が良いのは権謀術数が渦巻く宮廷では不安要因でしかありません。

 率直に申し上げると、お嬢様が嫁がれても苦労しかないと思います」


「……すごい言われよう。

 主人の想い人をそこまでディスるか。

 なんか、だんだん腹が立ってきた。

 ええぃ! おまえなんかにセドリック様の良さは分からんのだ」

「はあ、セドリック様は骨董品か何かでございますか?

 でしたら手短かつ具体的にご教示願います」

「むむう、あの目よ。あの目が良いのよ」

「目? やっぱり男は顔ですか?」

「違う! 私は、そんな軽い女ではないわ!

 セドリック様はな、私のことを、こう……、じっと見つめてくれるのよ!

 私が私であることを認めてくれるのだ。

 ありのままの私が良いと言ってくれたの!!」


 私はベッドの上に仁王立ちになり、両手を上げて叫ぶ。

 ああ、セドリック様!褒め称えよハレルヤ

 あっ、なんか天上から光が降り注いでくる感じ。


「その割りに婚約破棄されましたよね」


 カルディナの一言が、私をガラガラと奈落の底に突き落とした。


「うわあああ~、そうだったぁ~~」


 私はへたり込み、頭を抱えた。


「そこそこ仲がおよろしいように見えましたが……。

 男心と秋の空、という奴ですかねぇ」

「私のセドリック様に限って、そのような浮わついた心など持ち合わせていない!

 ……と思うのだけど……。

 その点は、ずっと腑に落ちずにいるのよねぇ~」


 私は透け透けネグリジェのまま、ベッドの上で胡座を組み、ついでに腕も組むと、頭を捻った。


「うーーん。

 あの泥棒猫のミーシアがセドリック様にちょっかいを出してきたのかとも思ったのだけど、あいつは今、王太子のガーシュイン様に色目を使っていて、婚約者のメアリー様と絶賛恋の鞘当て中なのよね。

 とてもセドリック様にまで手を出す余裕はなさそう」


「ミーシアって、最近噂の元平民の娘のことですか?

 いろんな御令息に粉をかけて顰蹙を買っているそうですね。

 でも、そのミーシア様は関係ないとすると、やはり、お嬢様の魅力がないせいですかね」

「うむ。そうだな。これも私の魅力がな……

 またんかい! 誰の魅力がないだ!」

「だからお嬢様」

「やめろ、やめろ、指を差すな!

 特に胸と顔とか、指差すのをやめんか!」


 私が掴みかかろうとするのを、カルディナは軽やかなステップでかわす。


「うぬぬぬ、小癪な奴!」


 私が歯軋りをしていると、突然ドアが開き、一人のメイドが飛び込んできた。


「ああ、お嬢様、たいへん、たいへん、たいへんですぅ」


 それは私付きのもう一人の侍女、ミゼットだった。


「たいへん、たいへん、たい……お嬢様、へんたいです!」


 私は血相を変えたミゼットの眉間にチョップをぶち込む。ミゼットは眉間を押さえ、悶絶する。


「ぐはぁ」

「誰が変態だ」

「『たいへん』って繰り返して言ってると、『へんたい』になりますよね。

 そもそもお嬢様は『変態』なんですから、ミゼットを責めるのはおかしいですよ」

「もう、カルディナは黙れ。話がちっとも進まない!

 で、ミゼット。何がそんなに大変なの?」

「ううう、お嬢様、ひどいですぅ。眉間割れちゃいますよぅ」

「主人を変態呼ばわりするメイドにはそれぐらいで丁度良いわよ!

 そんなことより、何が大変か、早く話しなさい」

「ええっとですね。

 セドリック様が第三近衛兵団の団長に任命されて、カルドナ地方へ遠征に向かわれるとのことですぅ」


 ミゼットの言葉に、私は驚いた。

 もう、どこから突っ込めば良いかと悩むほどの情報だった。


 まずは、カルドナ地方への遠征。


 今、カルドナ地方で軍事行動を起こすとしたら、目的は一つしかない。


「ハーマンベル鎮圧か」


 ハーマンベルとは、カルドナ地方の国境に近い城塞都市だ。


 交通の要衝で、カルドナ地方最重要軍事拠点。

 そのハーマンベルが、一月ほど前に突如として反乱を起こした。

 本来ならすぐさま正規軍を送って反乱を鎮圧すべきなのにずっと放置されていた。

 陸軍大臣の私のお父様がいくら進言しても、様子を見るだの、慎重にしろだの言われて今日まで指を咥えて見ていた。


「ようやく重い腰を上げたのは喜ばしいことだけど……。

 近衛兵団を派兵?

 それも指揮官が軍事素人のセドリック様とは。解せないことばかりね。

 そもそも第三近衛兵団なんてあったかしら?」


 我が国、ファーセナンにおいて、親衛隊・近衛隊は王族を守護するのが任務であるため、軍隊というより警備隊の性質が強かった。

 なので、第三近衛隊とはセドリック様専用警備隊のことだ。

 規模も国王陛下や王太子と比べれば、ずっと小さい。

 私の記憶が正しければ、第三近衛隊の規模は、歩兵と騎兵が各々二個中隊。千人にも満たないはずだ。


「ハーマンベルの反乱軍は、五千人くらいだったと聞いているけどとても第三近衛隊で手に負える規模じゃないわ」

「なんでも、いろんなところから人をかき集めて、一万人くらいにしたとか言ってましたよ」

「それでも無理。城塞攻撃の経験値が高い指揮官ならともかく、セドリック様では、二倍程度の兵力でハーマンベルの攻略は無理よ」

「あらまぁ、セドリック様。やられちゃいましたね」


 カルディナが呟く。そして彼女の言わんとすることも分かる。

 セドリック様は、得体の知れない悪意に晒されているようだ。

 どこかで誰かが糸を引き、セドリック様のお命を狙っている――そう考えるべきだろう。


 命の危険!


 その言葉が、私の全身を貫いた。

 色々なものが、電光石火で繋がっていく。


「あーーーー、そういうことか!」


 私は立ち上がると、大声で叫んでいた。

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2026年1月13日 20:00
2026年1月14日 20:00
2026年1月15日 20:00

シャルロッテは諦めない ~ 婚約破棄されましたが、だからなに? 風風風虱 @271m667

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